アネット・ベニングとジュリアン・ムーアという希代の演技派女優二人が、レズビアン・マザーを演じた『キッズ・オールライト』。
本記事では、映画『キッズ・オールライト』がどのような作品なのかを簡単に紹介したあと、個人的感想と考察を交えてレビューしたいと思います。
レズビアン・マザーの家族を描く秀作映画『キッズ・オールライト』
レズビアンであることを公表しているリサ・チョロデンコが監督と共同脚本を手掛け、2010年に公開された映画『キッズ・オールライト』。
アネット・ベニングとジュリアン・ムーアが主人公のレズビアン夫婦を、マーク・ラファロが2人の関係を壊す男性を演じ、役者陣の演技ともども非常に高い評価を得ました。
第83回アカデミー賞では、受賞こそ逃したものの、作品賞、脚本賞、ベニングが主演女優賞、ラファロが助演男優賞の主要4部門にノミネートされている、秀作LGBTQ映画です。
■監督のリサ・チョロデンコについて
リサ・チョロデンコは、1964年6月5日、ロサンゼルスに生まれ、1998年に『ハイ・アート』で監督デビューしました。この作品もレズビアンの女性が主人公であり、サンダンス映画祭で高い評価を得ています。
2002年公開の監督作『しあわせの法則』は、フランシス・マクドーマンド、クリスチャン・ベールらの大スターを起用し、カンヌ国際映画祭でも上映。本作『キッズ・オールライト』の高評価により、その名が広く知られるところとなりました。
さらに、フランシス・マクドーマンドを主演に迎えた2014年放送のドラマシリーズ『オリーヴ・キタリッジ』は大絶賛され、プライムタイムエミー賞で主要6部門を独占しています。日本ではU-NEXTにおいて視聴でき、おすすめです。
私生活では、レズビアンであることを公表。「プリンス&ザ・レヴォリューション」のメンバーでもあったミュージシャンのウェンディ・メルヴォワンが長年のパートナーであり、映画同様、2人の間には息子が一人います。
主要登場人物5人とキャスト
①ニック/アネット・ベニング:医師、ジョニの実母
②ジュールズ/ジュリアン・ムーア:主婦、レイザーの実母
③ポール/マーク・ラファロ:オーガニック・レストランの経営者、ジョニとレイザーの匿名精子提供者
④ジョニ/ミア・ワシコウスカ:ニックとジュールズの18歳の長女
⑤レイザー/ジョシュ・ハッチャーソン:ニックとジュールズの15歳の長男
『キッズ・オールライト』のあらすじと感想レビュー
アネット・ベニング演じるニックとジュリアン・ムーア演じるジュールズは、長年連れ添った中年のレズビアン・カップルである。
18歳の娘ジョニと15歳の息子レイザーは、精子バンクを利用してもうけた子供。ジョニは大学進学でまもなく学生寮に入ることになっており、4人で過ごす最後の夏だ。
レズビアンファミリーという特殊な家族の在り方が、まるで当たりまえのように、ごく普通の日常として描かれることの心地よさは、今までのLGBTシネマにはなかったものである。
伝統的な家族というものがいったん解体されて生まれた新しい家族の形。しかし、この映画は、それをもう一度破壊してみせる。
子供たちが、ちょっとした好奇心から、精子提供者の父親ポールと会うことになったことから、4人の関係がぎくしゃくし始める。
そして、ジュールズとポールが関係を持ってしまうことで、家族はついにバラバラになる。
「ポールは事実上の父親であり、不倫にはあたらない」というある人の感想には正直驚いた。
むしろ、ニックは、それゆえに一層苦しんだと思う。
既成の枠組みを乗り越え、今まで必死に作り上げてきた自分の家族が、血のつながる者によってあっさりと破壊されようとしていること。
家族というものを、当たり前のように手に入るものだと思っている人には、なかなかこの映画の根底にある寂しさや孤独というものを理解することはできないだろう。
ニックが、必死に守ろうとする家族。
それは覚悟や闘いの末、やっと手にしたものである。
ジュールズの不貞によってバラバラになった家族に対し、ジョニが酔っぱらって暴言を吐く。
「今まで完璧なレズビアンファミリーを演じてあげたじゃない」
壊れた家族から見えてくるのは、各々個人の姿である。
そしてどうやら、普通の家族であろうが、ゲイの家族であろうが、本当のところは何ら変わらないということ。
物語の終盤、ジョニを車で大学の寮に送る。
部屋に荷物を運び入れ、4人でそれを解こうとすると、ジョニは自分でやるから、しばらく一人にしてほしいと告げる。
いやいや部屋を出ていく3人。
ジョニは段ボールを開け、ベッドメイキングを始めるのだが、少しすると家族の不在が不安になり、慌てて部屋を飛び出して3人を探す。
近くにいると何かと気に障ったり、面倒だったりするけれど、いったんいなくなると、どうしようもなく寂しく、愛おしい家族というものの本質を、さりげなく表現したこのシーンがいい。
物語の設定自体は、ゲイからすると、近くて遠い。
しかし、描かれているテーマは普遍的であり、同時に、性的マイノリティーならではの心打つものもある。
ただ、本作、当のレズビアンからは甚だ不評らしい。
まず、ジュールズがポールと寝てしまうこと、そして、ゲイポルノを見ながら二人がセックスするといったディテールがレズビアンとしてあり得ないということらしい。
俳優陣は、みな好演。
とりわけアネット・ベニングの素晴らしさは、『ブラック・スワン』のナタリー・ポートマンと主演女優賞を争っただけのことはある。
マーク・ラファロ演じたポールに、一切の救いがないのが、残酷だ。
が、考えてみれば、ここに出てくる人物たちは、皆、それぞれ問題を抱えてぎこちなく、明らかな欠点もある。
とりわけポールの救いのなさには、おそらくレズビアン監督独特の、男性に対する冷やかな視線があることは否めないとしても、人はみな不完全なものだということが、この映画の隠れたテーマなのかもしれない。
ジュールズが、ズバズバと物を言う息子のレイザーを嘆いて言う台詞。
「あなたがゲイだったら、もっと繊細な子だったのに」
母親が息子にこんなことを言えるなんて、なんと進んでいて、幸せなことだろう。