【風、薫る】キャスト16人のモデルとなった実在人物/その後/ドラマとの違い

『風、薫る』実在人物 ドラマ

『ばけばけ』に続き、2026年3月30日にスタートしたNHK連続テレビ小説第114作目の作品『風、薫る』。

物語そのものはフィクションとされていますが、見上愛と上坂樹里が演じる二人のヒロインには、実在したモデルがいます。

本記事では、二人のほか、ドラマの主要キャストの中で実在のモデルがいると想定される人物について個別にご紹介しましょう。

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実話をモチーフに描く朝ドラ第114作『風、薫る』

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)第114作『風、薫る』は、明治時代の近代看護を切り開いた二人の看護婦、大関和(おおぜきちか)と鈴木雅(すずきまさ)をモデルにしたWヒロインの波乱の人生を描くドラマです。

物語は、あくまでもフィクションとして再構成されるようですが、田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』が原案となっており、ヒロインはもちろん、多くの登場人物に実在したモデルがいることに変わりはありません。

ドラマにおいては、実話に忠実な部分と創作(嘘)の入り混じったキャラクター作りがなされるはずですが、存在そのものに明らかに実在のモデルがいる人物をご紹介しましょう!



『風、薫る』モデルとなった実在人物16人の実話とその後/ドラマとの違い

2026年4月3日現在では、まだ未登場の人物も多く、それら一部の人物については推測を含みます(特に実名のあとに「?」をつけてある人物)。

今後、ドラマの展開と同時進行で、必要な加筆修正をしていきたいと思います。

【ヒロインと家族関係】

ヒロインの一人、見上愛演じる一ノ瀬りんのモデルである大関和(おおぜきちか)<上の集合写真の前列右から二人目>は、1858年5月23日(安政5年4月11日)、下野国の黒羽藩(現在の栃木県大田原市黒羽田町)に生まれています。父が藩の家老だったというのはドラマも同じですが、姉妹の長女ではなく、実際は二男三女のうちの次女でした。

後に、トレインドナース(正規の教育を受けた看護婦)の先駆者の一人として活躍することになりますが、生い立ちと家系図から晩年に至るまでの詳しい生涯については、別の記事でわかりやすく紹介していますので、以下をご覧ください。

もう一人のヒロイン、上坂樹里演じる大家直美のモデルである鈴木雅(すずきまさ)<上の集合写真の前列左から二人目>は、1858年2月9日(安政4年12月26日)、静岡の士族である加藤信盛と妻トヨの間に生まれました。しかしドラマでは、両親に捨てられ、牧師に育てられた孤児として大胆に創作変更されています。

実際の鈴木雅の生涯や家族関係などについては、同じく上の記事で詳しく紹介していますので、ここでは省略します。

『風、薫る』大関和の家系図

北村一輝演じるりんの父・一ノ瀬信右衛門のモデルは言うまでもなく大関和の実父・大関弾右衛門増虎です。黒羽藩の藩主だった大関増裕と縁戚だったこともあって、家禄二百石を有する家老職にあったにも関わらず、辞職して帰農を試みたことはドラマの設定と大筋同じです。

戊辰戦争の際に、幕府側に忠実だった藩主の増裕が死去してすぐ、自らも責任をとって家老を辞職。貧乏を覚悟して農家になろうとしましたが実際は叶わず、藩の要請で役人職である家知事を務めたりもしましたが、ほどなくそれも辞して一家で上京しました。

東京で商売に手を出したりもしましたが成功することはなく、和の縁談をまとめた1876年(明治9年)、50歳で流行り病にかかり病死しました。

水野美紀演じるりんの母・一ノ瀬美津のモデルである大関テツ(哲)は、弾右衛門増虎との間に二男三女をもうけました。

夫の死後は、裁縫を教えて生計の足しにしたり、看護婦となって家を空けがちな和に代わって、孫にあたる六郎と心(シン)の面倒を見たりしていました。

比較的長く生きましたが、溺愛していた六郎の死にショックを受けて体調を崩し、そのまま1912年(明治45年)、六郎の後を追うように亡くなったようです。

早坂美海演じるりんの2歳下の妹・一ノ瀬安のモデルは、和の妹・大関コクでしょう。しかし既述の通り、和は二男三女の次女であり、事実とは大きく異なるものとなっています。

コクの生涯については、あまり詳しいところまでわかっていませんが、和が看護学校に入学する3年前には、栃木の烏山町(現在の那須烏山市)に嫁いでいるようです。

ちなみに和の姉である長女・八千代については志村家に嫁いだとの資料が残っているほか、二人の弟・復彦と衛(まもる)のうち、復彦は早くに出奔して長らく消息不明だったようです。後年、和は結核で瀕死の状態に落ちぶれた復彦と再会。復彦の死後、遺児の大関増博はコクが引き取ったようです。

三浦貴大演じる奥田亀吉がりんの夫になる男だと推測すると、大関和の結婚相手だった渡辺福之進豊綱がそのモデルということになります。ただドラマでは、亀吉は運送業で財を成した隣町の男という設定になっており、実話とは大きく異なります。

父が亡くなる直前にまとめた縁談により、19歳の和が結婚した渡辺福之進豊綱は、そのとき22歳上の40歳。黒羽藩次席家老の次男であり、戊辰戦争の功により陸軍少尉となったものの、初婚の妻とは死別。大地主であった両親と黒羽で暮らしながら、複数の妾を抱えた放蕩ぶりで知られ、その縁を切る条件での結婚でした。

二人は、1877年(明治10年)に長男の六郎、1880年(明治13年)に長女の心(シン)をもうけますが、未亡人だった千代という妾との関係は続いたままで、結局、離縁に至りました。福之進豊綱のその後については、よくわかっていません。長男の六郎という名も、福之進豊綱にとってはすでに6人目の男子だったためでした。

※小林虎之介演じる、りんの幼馴染・竹内虎太郎が結婚相手となる可能性もありますが、その場合は記事を修正します。

りんは一人娘を連れて上京するという設定のようですが、上述の通り、りんは二子をもうけており、二人を組み合わせたキャラクターになる可能性もありますが、いづれも若くして和より先に亡くなっています。

大関和の長女である心(シン)は、1880年(明治13年)に誕生しています。和が看護を学んだ「桜井女学校」の後身である「女子学院」そして看護学校も卒業。しかし、病院実習生だった1900年(明治33年)6月23日、20歳の若さで結核により早世しています。葬儀は、植村正久の一番町教会で行われました。

心の3歳上だった長男の六郎は、1877年(明治10年)の誕生。和が離縁する際には両家の間で一年近く、六郎の奪い合いがあったようです。その後、六郎は医師を目指しましたが、試験に落ち続けて一度も職につくことはありませんでした。日露戦争が開戦した1904年(明治37年)、和の有能な片腕だった看護婦の澤本操と結婚。長男の一郎を授かるも、妻子を置いてジャワへキリスト教の伝道に行ってしまいます。そこでマラリアに感染し、33歳で死去しました。

ちなみに、和は残された孫の一郎を溺愛。第一次大戦中、8歳の一郎がコレラにかかって日赤病院に入院した際には、和と操が交代で看護にあたりました。その甲斐あって一郎は回復しますが、操は一郎に命を譲るような形で、34歳で急死しています。一郎は、その後順調に成長し、「明治学院」を卒業しているようです。

『風、薫る』鈴木雅の家系図

藤原季節演じる小日向栄介が、直美の夫となる人物だとすると、モデルは雅の夫である鈴木良光ということになります。

幕末、徳川家に仕えていた鈴木良光は、1871年(明治4年)には明治政府の陸軍に入隊。西南戦争に従軍した戦功から陸軍歩兵少佐にまで昇進しました。翌1878年(明治11年)に結婚したのが、(加藤)雅です。

二人は長女のみつ、長男の良一をもうけますが、良光は戦いで負った怪我を病み、1883年(明治16年)12月5日、一家で暮らしていた任地先の仙台で死去しました。雅は、夫の病の世話を十分にできなかったことを後悔し、看護婦の道を志したとも言われています。



【梅岡看護婦養成所関係】

大関和と鈴木雅がともに一期生とした学んだ看護学校が、1886年(明治19年)、「桜井女学校」に併設された「桜井女学校附属看護婦養成所」であり、ドラマでは「梅岡女学校」「梅岡看護婦養成所」の名で登場します。

女学校校長と養成所長を兼任する女性として登場する伊勢志摩演じる梶原敏子のモデルが、明治の女子教育において重要な役割を果たした矢島楫子(かじこ)です。

矢島楫子は、肥後国(現在の熊本県)に生まれ、「四賢婦人」とも呼ばれた有名な女傑姉妹のうちの一人。25歳のとき、3人の子を持つ富豪・林七郎の後妻となり、自身も3人の子をもうけますが、夫の酒乱に耐え兼ね、末っ子の達子だけ連れて離婚。一人上京して教育の道に進んだ中、宣教師マリア・トゥルーとの縁で桜井女学校の校長となりました。

熊本に置いてきた達子をよびよせ、またもう一人、上練馬村の農家から妙子という養女をひきとり、3人で学校の寄宿舎に暮らします(達子、妙子とも桜井女学校で学ぶ)。 1890年(明治23年)、桜井女学校と新栄女学校の合併により「女子学院」が創設された際には初代院長を務めました。教育面ばかりか、禁酒運動や公娼制度廃止運動など女性福祉のために尽力。1925年(大正14年) 6月16日、92歳で死去しました。

梅岡看護婦養成所の教師として、エマ・ハワード演じるバーンズの役名が公表されていますが、桜井女学校で教師をしていた宣教師のアグネス・ヴェッチがモデルである可能性が高いでしょう。

アグネス・ヴェッチは、スコットランド生まれでエディンバラ王立救貧院病院看護学校を卒業。ナイチンゲール式の西洋看護教育ができる人材として、桜井女学校などに招かれ、教鞭をとりました。1888年(明治21年)に帰国し、1942年に故郷のエディンバラで死去。100歳でした。

女学校の英語教師から養成所の舎監兼通訳に抜擢されるのが、玄理演じる松井エイ。香港で伝道中だったアグネス・ヴェッチが来日するまでの繋ぎ役として、養成所の英語教師をまかされていた峯尾エイがモデルだと考えられます。

当時はまだエイ自身が桜井女学校に在籍中でありながら、その英語力を買われ、女学校を経営していたマリア・トゥルーの通訳なども務めていました。

峯尾エイは、ヴェッチ来日後にアメリカに留学。そののち、「キリスト教界の四村」の一人として知られる牧師の田村直臣と結婚しています。

「梅岡看護婦養成所」において、りんと直美の同窓生として登場する玉田多江、泉喜代、東雲ゆき、柳田しのぶ、工藤トメの5人。実際、和と雅には桜川里以、広瀬梅、小池民、池田子尾という4人の同窓生がおり、一期生は合わせて6人でした(入学時は8人いたものの、2人は途中退学)。

モデルの特定は難しいですが、生田絵梨花演じる玉田多江は、その背景やキャスティングから桜川里以(りい)がモデルの可能性が高いと推測します。

桜川里以の父は、水戸藩の高名な儒学者・水野豊九郎であり、築地にあった海岸女学校(現在の青山学院女子短期大学)で漢籍の教師も務める人物でした。

桜川里以は卒業後、雅と同じく帝国大学医科大学第一医院内科の看病婦取締(看護婦長)を務めます。麻布の聖慈病院、勝海舟らが設立した赤坂病院での勤務を経て、ハワイに渡航。ホノルルの医師・三沢杢次郎と結婚し、長女・みねをもうけましたが、杢次郎が結核にかかったため帰国。杢次郎の死後も看護婦として働きながら、みねをオルガン奏者に育てあげました。

青森県出身の裕福な農家の末っ子だと説明されている原嶋凛演じる工藤トメのモデルは、その背景から広瀬梅かもしれません。

広瀬梅は、岡山の庄屋の生まれで父は津山藩士から後に県会議長も務めた人物でした。卒業後、帝国大学医科大学第一医院の看病婦取締となった3人に対し、広瀬梅、小池民、池田子尾の3人は、矢島楫子らが設立した「東京婦人矯風会」の仕事を手伝いました。

1986年(明治29年)6月15日の三陸地震の際、梅は真っ先に現場に駆け付け救護活動にあたります。遺児となった赤ん坊を「ルツ子」と名付け、クリスチャン夫婦の養女となるまで育てました。その後、神奈川県師範学校の英語教師を経て、29歳のとき8歳下の教え子・佐野佳三と結婚。日系移民を支援する目的で渡米し、日本人学校を経営しながら6人の子を産み育てました。夫の死後、1943年に75歳で帰国し、ルツ子とも再会しています。

筒井道隆演じる「帝都医大病院」の院長・多田重太郎のモデルは、「帝国大学医科大学第一医院」の三宅秀(みやけひいず)もしくは緒方正規(おがたまさのり)、あるいは二人を組み合わせたものでしょう。

和や雅が「桜井女学校附属看護婦養成所」で学んでいた2年間のうち、実習の1年を「帝国大学医科大学第一医院」で過ごしていた当時の院長が三宅秀、「看病婦取締」として働いていた時期の院長が緒方正規でした。三宅は、医学博士第1号であると同時に初代医科大学長、あとを継いだ緒方は、衛生学・細菌学の権威でした。

りんが担当することになる入院患者の一人で侯爵夫人とされているのが、仲間由紀恵演じる和泉千佳子です。とすると、大関和の評伝には必ず登場する三宮八重野がモデルの可能性があります。

三宮八重野は、華族(男爵)で外交官だった三宮義胤(さんのみやよしたね)のイギリス人妻であり、本名はアレシア・レイノア。三宮が小松宮彰仁親王に随行してイギリス訪問した際に知り合い、国際結婚しています。1880年に来日し、皇族や華族の女性たちに、西洋の服装や社交マナーなどを指導する役目を担いました。その後、1888年(明治21年)、乳がんを患い、手術のため入院した先で、家老の血筋である和が抜擢されたのです。

心中未遂を起こして病院に運ばれてくる女郎、村上穂乃佳が演じる夕凪にもモデルがいます。実際、和や雅がまだ第一医院の実習生だった時、根津にあった遊郭「八幡楼」の女郎・花紫(本名・山本キク)が、帝大の学生と心中事件を起こし、搬送されてきたのです。

花紫は一命をとりとめたものの、相手の学生は命を落とします。失意の花紫は、同時期に入院していた三宮八重野より聖書を渡され、立ち直ったとされています。退院後は、自由の身となって故郷に戻ったようですが、この事件がきっかけとなり、和や雅らは廃娼の必要性を痛感したとも言われています。



『風、薫る』になぜか実名で登場する実在の人物たち

『風、薫る』では、ヒロインはもちろん、モデルが明らかな場合でも全員、架空の別名になっているにもかかわらず、なぜか実名のまま登場する人物もいます。

片岡鶴太郎演じる勝海舟、高嶋政宏演じる大山巌、多部未華子演じる大山捨松です。

実名で登場する以上、様々な創作が盛り込まれる他のキャラクターとは違い、ほぼ実話通りの人物に描かれるということではないでしょうか?

言い換えれば、生い立ちすら違うヒロインの一人・大家直美は言うまでもなく、上記で取り上げた登場人物については、かなり実話とは異なるキャラクターになるということでしょう。

※特定できたドラマのロケ地・撮影場所については、以下の記事をご覧ください。

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