2026年に入って死去した海外の映画スターを哀悼し、ご紹介していきます。
日本でも比較的なじみの深い人を選び、代表作やキャリア、死因、私生活などの素顔についてもまとめました。
2026年に死去した海外映画スター<死因/代表作/遺作>
2026年に入って、惜しむらくも亡くなった映画スターの中から、日本でも比較的名の知られた方を選んでいます。
簡単なプロフィール、代表作などキャリアに加え、公にされているプライベートなど素顔についてもご紹介します。
1/30:キャサリン・オハラ(71歳)
映画『ホーム・アローン』シリーズにおける主人公の母親役で、国際的にも広く知られている実力派女優のキャサリン・オハラは、1954年3月4日生まれ、カナダのトロント出身です。
デビュー後ほどなく1976年にスタートしたカナダの人気コメディ番組『SCTV』のレギュラー兼作家として一躍ブレイクを果たします。1982年には同番組で見事プライムタイム・エミー賞を受賞しました。80年代に入ると映画にも進出し、『アフター・アワーズ』『心みだれて』『ビートルジュース』など話題作に出演。1990年の『ホーム・アローン』の世界的大ヒットで、世界的人気女優の地位を不動のものとしました。
その後は、独特のコメディセンスを持つ実力派として、さまざまな映画やドラマに出演していますが、後期の代表的作品の一つが、2015年から6シーズン続いたコメディドラマ『シッツ・クリーク』です。主人公一家の母親役で、二度目となるプライムタイム・エミー賞ほかゴールデングローブ賞など多数の賞に輝いています。
私生活では、『ビートルジュース』のプロダクション・デザイナーだったボー・ウェルシュと1992年に結婚。1994年と97年に二人の息子をもうけています。以前から内臓逆位を公表していましたが、2026年1月30日、呼吸困難で搬送された病院で死去。71歳。のちに死因は肺塞栓症だったこと、その根本原因は直腸がんだったことが公表されました。最後の出演作は、2025年に配信された2つのドラマ、AppleTV+のドラマ『ザ・スタジオ』と『THE LAST OF US』シーズン2です。
2/11:ジェームズ・ヴァン・ダー・ビーク(48歳)
ジェイムズ・ヴァン・ダー・ビークは、1977年3月8日、コネチカット州チェシャー生まれ。オランダ・ドイツ・イギリスの血を引き、父親は元野球選手から携帯電話会社の重役、母親はダンサー兼体育教師でした。
1993年、オフ・ブロードウェイで俳優デビュー。1998年から2003年まで続いた人気ドラマシリーズ『ドーソンズ・クリーク』で主人公ドーソンを演じ、大ブレイクを果たしました。1999年の映画『バーシティ・ブルース』も高い評価を得ています。その後は、大ヒット作には恵まれなかったものの、映画、テレビドラマの両方でバイプレーヤーとして活躍しました。
比較的近年の出演作に、ドラマ『POSE/ポーズ』や『CSI:サイバー』、映画『バッド・ヘアー』などがあります。
私生活では、2003年に結婚した女優のヘザー・マコームとは2009年に離婚。2010年にビジネスウーマンと再婚し、6人の子どもをもうけました。2023年8月に大腸がんを発症。以来、仕事と並行して闘病を続けていましたが、2026年2月11日、48歳の若さで死去しました。遺作は、2026年に配信・公開予定のドラマ『Elle』と映画『The Gates』です。
2/15:ロバート・デュヴァル(95歳)
アカデミー賞やゴールデングローブ賞など名誉ある賞を多数受賞・ノミネートを果たしている、ハリウッドを代表する名優の一人ロバート・デュバルは、1931年1月5日、カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。
大学で演技を学び、陸軍従軍を経て、1962年に『アラバマ物語』で映画デビューしました。1972年の映画『ゴッドファーザー』でアカデミー助演男優賞に初ノミネートを果たし、一躍世界的に注目されます。1979年の『地獄の黙示録』でも様々な賞に輝きましたが、アカデミー賞は、1983年の『テンダー・マーシー』でついに主演男優賞受賞に至っています。
多数の映画のみならず、テレビドラマでも2006年の『ブロークン・トレイル 遥かなる旅路』でプライムタイム・エミー賞を受賞するなど、長きに渡り、名優中の名優の一人でした。
私生活では、複数の結婚・離婚歴があり、2005年には41歳年下のアルゼンチン人女優ルシアーナ・ペトラザと4度目の結婚を果たしました。生涯を通じて子どもはいません。2026年2月15日、ヴァージニア州にあった自宅農場で死去。95歳。夫人は死因を公表していませんが、高齢から老衰ではないかと推測されています。
2/19:エリック・デイン(53歳)
大ヒットしたテレビドラマ『チャームド〜魔女3姉妹〜』のジェイソン・ディーン役、『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』のマーク・スローン医師役など知られる二枚目俳優のエリック・デイン。1972年11月9日、カリフォルニア州サンフランシスコの生まれです。
1991年、テレビドラマの端役でデビュー後、上記2作でブレイクを果たしました。その後は、多くのドラマや映画に出演。主な作品に、ドラマ『ザ・ラストシップ』や『ユーフォリア/EUPHORIA』、映画『X-MEN:ファイナル ディシジョン』『バレンタインデー』『バーレスク』などがあります。
私生活では、2004年に女優のレベッカ・ゲイハートと結婚。2009年には夫婦に別の女性を交えたセックス動画が流出するというスキャンダルに見舞われましたが、その後、2010年と2011年、長女と次女を相次いでもうけています。
2025年4月、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症を公表し、闘病を続けていましたが、2026年2月19日、53歳の若さで死去しました。妻のゲイハートの離婚申請により、2018年より別居状態にありましたが、2025年3月、ゲイハートは申請を取り下げ、家族で闘病を支えていました。
Netflixにより生前撮影されたインタビューを中心にしたドキュメンタリーが最後の作品になります。
3/19:チャック・ノリス(86歳)
軍隊在籍時代に触れた武術に目覚めて格闘家となり、その後、世界的アクション俳優へと飛躍したチャック・ノリスは、1940年3月10日、オクラホマ州ライアン生まれ。空軍退役後に格闘家となってからは数々のタイトルを制覇し、空手では6年間チャンピョンに君臨するなど、その名を知られました。
武術パフォーマーとして映画界入り。1972年の映画『ドラゴンへの道』でブルース・リーの適役に抜擢され、注目を集めます。80年代は、『テキサスSWAT』『地獄のヒーロー』『地獄のコマンド』『デルタ・フォース』といったヒット作を次々と送り出し、人気アクション俳優の地位を築きました。
90年代、1993年に始まったテレビドラマシリーズ『炎のテキサス・レンジャー』が高視聴率を記録し、2001年まで8年間続く大ヒット作となります。既述のブルース・リーはじめ、スティーヴ・マックイーン、クリント・イーストウッドなどチャック・ノリスを信奉する俳優も多く、2012年には、シルヴェスター・スタローンに請われ、『エクスペンダブルズ2』で10年ぶりの映画出演を果たしました。
私生活では、18歳のときに結婚した高校の同級生とは、二男をもうけるも1989年に離婚。その間、別の女性との間に私生児を一女をもうけています。1998年にモデルをしていた一般女性と再婚し、2001年に双子をもうけました。
2026年3月19日、前日に緊急搬送されたハワイ・カウアイ島の病院で死去。86歳でしたが、その数日前までトレーニングにいそしむ姿をSNSにアップするなど最後まで屈強な肉体派でした。
6/16:デイヴィ・チェイス(35歳)
早くから女優として、そして声優としても高く評価されていたデイヴィ・チェイスは、1990年7月24日、ネバダ州ラスベガス生まれ。親違いの複数のきょうだいと共に育ち、両親の離婚後は、母と二人で、オレゴン、そしてロサンゼルスに暮らしました。
幼い頃から、歌とダンスを学びながらローカルなイベントやコンテストに参加し、7歳のときにはキャンベル・スープのCMに出演。8歳でロサンゼルスに移ってからは、本格的にショービジネスの世界に進み、ミュージカル『Utah!』、端役ながらテレビドラマ『サブリナ』『ER緊急救命室』『チャームド 〜魔女3姉妹〜』などに出演しました。
2001年には、ジェイク・ギレンホール主演の『ドニー・ダーコ』で主人公の妹を演じて映画デビュー。広くその名を知られた翌2002年には、ディズニー・アニメ『リロ・アンド・スティッチ』でヒロインのリロの声を、『千と千尋の神隠し』で千尋の声を担当し、一気にブレイクを果たしました。リロ役でアニメ界のアカデミー賞とも言われるアニー賞に輝いたほか、同年公開の『ザ・リング』で日本版の貞子にあたるサマラを演じ、こちらでもMTVムービー・アワードの最優秀悪役賞に輝きました。
一躍人気スターの座を駆け上り、2006年の大ヒットドラマ『ビッグ・ラブ』には2011年まで出演。2009年には映画『ドニー・ダーコ』の続編に主演したりしましたが、2010年代はマイナーなホラー映画などへの出演が多くなっていきます。2016年の映画出演を最後に表舞台から姿を消しました。
2016年にバイク事故で背中を負傷したことを契機に、深刻な薬物依存に陥ります。その後も、盗難などで何度か警察沙汰を起こし、さらに2019年以降は母親と断絶し、ロサンゼルスでホームレスまで身を落としていました。2026年6月16日、栄養失調により搬送されていた病院で死去。35歳。後日、死因がエイズだったことが発表されました。
7/13:サム・ニール(78歳)
サム・ニールは、1947年9月14日、北アイルランドに生まれ、幼少時ニュージーランドに移住しました。大学在学中に演技に目覚め、1971年にニュージーランドのテレビ映画で俳優デビュー。
シリーズの3作目にして完結編である1981年の映画『オーメン/最後の闘争』で主人公ダミアンを演じ、また同年の『ポゼッション』でイザベル・アジャーニの夫を演じ、国際的に注目される俳優となりました。
その後は、『デッド・カーム/戦慄の航海』『レッド・オクトーバーを追え!』『ピアノ・レッスン』など、映画とテレビドラマ、超大作とインディーズの両方で、実力派俳優として華やかなキャリアを重ねます。『ジュラシック・パーク』シリーズにおけるアラン・グラント博士役は、文字通り代表作となりました。
私生活では、1980年にニュージーランド人女優のリサ・ハーロウと結婚し、一男をもうけるも1989年に離婚。同年、『デッド・カーム/戦慄の航海』の撮影現場で知り合ったメイクアップ・アーティストの渡辺典子と再婚。渡辺も再婚であり、渡辺の連れ子だった一女を養子としたほか、1991年に娘をもうけました。渡辺とは2017年に破局し、2018年から2021年の間は、オーストラリア人ジャーナリストの女性と恋愛関係にありました。また、20代の頃に一男をもうけており、すぐに養子に出した過去があります(1994年に再会)。
2022年より、血液のがんの一種である血管免疫芽球性T細胞リンパ腫ステージ3の治療を受けていましたが、2026年4月に完治を公表。しかし、同年7月13日、シドニーで急死。78歳でした。家族は予期せぬ突然の死だったと発表しています。
7/21:ケイリー・ホトル(19歳)
映画デビュー作となった2021年の『ゴジラvsコング』に続き、2024年の続編『ゴジラxコング 新たなる帝国』でも髑髏島先住民の少女ジアを演じて、一躍人気を博した、聾女優のケイリー・ホトル。
2008年3月17日、アトランタ生まれ。両親とも聾啞者で、母は韓国系です。9歳の頃から、コマーシャルに出演しており、そんな中、ジア役に抜擢されました。ほかの出演作には、ゲストで登場したテレビドラマ『私立探偵マグナム』があります。
2026年7月21日、メリーランド州フレデリック群で起こった単独自動車事故により19歳の若さで死去。運転手のスピードの出し過ぎとみられ、車両にいた3人のうちの一人でした。
8/16:ヘイデン・パネッティーア(36歳)
人気子役から、見事実力派女優へと成長し、今後のさらなる活躍が期待されていたヘイデン・パネッティーア。1989年8月21日、ニューヨーク州パリセーズ出身で、父はNY市の消防署長、母はソープオペラに出演していた元女優でした。
子役としては、大ヒットドラマ『ワン・ライフ・トゥ・リヴ』や『ガイディング・ライト』、映画『タイタンズを忘れない』などで注目され、『アリー my Love』では主人公の娘マディを演じました。2006年から2010年まで放送されたドラマ『HEROES』で演じたクレア・ベネット役で、世界的人気を確立。2011年公開の映画『スクリーム4: ネクスト・ジェネレーション』での演技も高い評価を得ています。
私生活では、俳優のスティーブン・コレッティ、『HEROES/ヒーローズ』で共演したマイロ・ヴィンティミリア、プロボクサーのウラジミール・クリチコ、俳優の卵ブライアン・ヒッカーソンら、複数の男性と問題ありの恋愛を重ねてきました。何度も復縁と破局を繰り返したクリチコとの間に一女をもうけましたが、親権を手放しています。また反捕鯨テロ団体に属す活動家の顔も……。
2026年8月16日、サウスカロライナ州グリーンビルにあるアパートで心停止の状態で発見され、のちに死亡が確認されました。36歳。現時点では死因は調査中です。2026年5月に、回顧本を出版したばかりであり、その中でバイセクシャルであることを公表していました。ちなみに、同じく俳優として活動していた実弟のヤンセン・パネッティーアも2023年に28歳で亡くなっています。
8/25:ドリー・パートン(80歳)
カントリー・ミュージックの女王として、絶大なる人気を誇った国民的歌手、ドリー・パートン。1946年1月19日、テネシー州の小さな町ピットマン・センターに生まれ、13歳のときにはレコーディング・デビューしました。まず作曲家として複数のヒット曲を手掛けたあと、1980年、映画『9時から5時まで』の同名主題歌、ケニー・ロジャースとデュエットした1983年の『アイランド・イン・ザ・ストリーム』が爆発的なヒットを記録し、人気と名声を確立しました。
ホイットニー・ヒューストンが歌った『オールウェイズ・ラヴ・ユー』、オリヴィア・ニュートン・ジョンの『ジョリーン』なども、もとはパートンの曲。ビルボード・カントリー・チャート第1位となった曲が26曲というのは、女性カントリー歌手の最高記録です。
音楽のみならず、女優としても数々の作品に出演。中でも上記『9時から5時まで』、1989年の『マグノリアの花たち』は大ヒットとともにその演技も高い評価を得ています。またビジネスや慈善活動でも広く知られていました。
2026年5月には深刻な病気療養中であることが伝えられていた中、2026年8月25日、ナッシュビルの病院において80歳で死去。がんだったことが死後公表されました。トランプ大統領も哀悼の意を捧げ、1週間、各地で国旗の半旗を掲げることを発表しています。私生活では、1966年に結婚した一般男性と、彼が2025年に亡くなるまで添い遂げました。子供はいません。
8/25:ティム・カリー(80歳)
1946年4月19日、イングランドのチェシャー州ウォリントンにある歴史的な町グラッペンホールに生まれたティム・カリー。少年時代はボーイソプラノとして活動し、バーミンガム大学で俳優の道を志すようになります。
舞台『ヘアー』で最初の大きな役柄をえ、そこで出会ったリチャード・オブライエンが、カリーを想定してミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』の主役でバイセクシャルのフランクン・N・フルター博士役を造形しました。カリーの演技は絶賛され、いきなりブレイクを果たすとともに、1975年公開の映画版でも同役を演じ、カルト的人気を博しました。
以後は性格派俳優として活躍。その他の印象的な出演作に、『アニー』『ホーム・アローン2』、1990年のテレビ版『IT』におけるペニーワイズ役などありますが、やはり『ロッキー・ホラー・ショー』の博士役が不動の代表作です。2012年に脳梗塞をおこし、車椅子生活になってからは声優としての活動が中心になっていました。
2026年8月25日、ロサンゼルスの自宅において80歳で死去。私生活の徹底した非公表を貫き、生涯独身で通しました。
訃報2026
残念ながら1年の半分を過ぎただけで、すでに複数の訃報が伝えられています。
今後、新しい情報があり次第、記事を更新していきたいと思います。
2025年に亡くなったスター一覧については、以下の記事をご覧ください。






