桜木紫乃『緋の河/孤蝶の城』登場人物たちのモデルは誰?【カルーセル麻紀】

桜木紫乃・カルーセル麻紀 その他

日本におけるニューハーフ・タレント、あるいはトランスジェンダーの草分け的存在であるカルーセル麻紀をモデルに、その波乱の半生を描いた桜木紫乃の小説『緋の河』および続編『孤蝶の城』。

物語に登場する多くの人物は、桜木紫乃による創作、あるいは複数の人物を組み合わせる形をとっており、公には明確なモデルはいないとされています。

しかし、本当にそうでしょうか?

主人公は言わずもがな、描かれるエピソードから明らかにモデルの一人だと考えられる登場人物が少なくないのも事実でしょう。そうした人物が誰なのか推測してみましょう。

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カルーセル麻紀の半生を描く桜木紫乃著『緋の河』『孤蝶の城』

『ホテルローヤル』で直木賞を受賞した人気作家・桜木紫乃(写真)が、2019年に刊行した『緋の河』、そして2022年刊行の続編『孤蝶の城』は、カルーセル麻紀(写真左)をモデルした一人の人物の波乱の半生を描いた連作小説です。

桜木と同じ北海道釧路出身であるカルーセル麻紀/平原徹男をモデルにした「カーニバル真子/平川秀男」が本作の主人公であり、また真子を取り囲む多くの人物が登場するものの、実在する固有名詞はほぼなく、桜木紫乃の手によって虚実入り混じった再構築がなされています。

『緋の河』のあとがきの中で、桜木ははっきりこう明言しています。

小説を書く者の欲望で、家族構成と登場人物、出来事のほとんどは虚構です

引用:桜木紫乃著『緋の河』、新潮社刊

また、そのあたりの理由について、桜木はカルーセルとの対談の中で以下のように述べています。

ゲイボーイ時代に接客の修業を積まれた麻紀さんは話芸の達人ですから、「本当の話」は麻紀さん自身が語るのが一番面白いんですよ。だからこそ、私は麻紀さん自身がこれまで語らなかったことや、これからも語るつもりのないことを書きたかった。
それには虚構という形にするしかなかったんですね。小説にしたことを、麻紀さんは決して喜んではいないと思うけど(笑)、でも、「汚く書いて」と言われたときに、「ああ、わかってくださっているのだな」と。

引用:婦人公論.jp – カルーセル麻紀が桜木紫乃に語る「15歳のときに家出して、ゲイボーイに。自分の居場所は自分で作る」

とはいえ、読者にとって、誰がモデルなのかというのは興味の尽きないポイントであり、実際、特定の人物の名前が容易に推測できる登場人物も決して少なくはありません。

それは誰か? 実在の店名なども含めてご紹介しましょう。

カルーセル麻紀をモデルにした主人公・カーニバル真子

言うまでもなく、小説の主人公・平川秀男ことカーニバル真子のモデルが、平原徹男ことカルーセル麻紀です。

主人公といえども、実話とは異なる、桜木紫乃による多くの創作が含まれていますが、複数の人物が組み合わされたその他登場人物たちと比べると、より実像に近いのは確かでしょう。

ちなみに、小説において秀男の理解者として重要な役割を果たす姉・章子のモデルは、カルーセル麻紀の実姉・幸子であり、現在も二人は仲良く同居されているようです。



『緋の河』『孤蝶の城』に登場する人物/場所のモデルは?

物語中、秀男は故郷の釧路を飛び出し、札幌すすきののゲイバー「みや美」で働き始めますが、その店のモデルはすすきのにあった当時唯一のゲイバー「ベラミ」です。

カルーセルは、この店で、接客のイロハから礼儀作法、着るもののセンスなどすべてを学んだと言います。ちなみにこのときの源氏名「マメコ」は、小説でも実話でも同じです。

「ベラミ」は、1950年代に開業した、札幌におけるゲイバーの草分け的存在でしたが、すでに閉業し現在は実在していません(閉店時期不詳)。

札幌から東京に出てきた秀男は、鎌倉にあるゲイバー「一樹」で働き始めますが、そのモデルとなった店は明らかに「青江」です。

銀座に店があり、夏だけ鎌倉に支店を開いて営業していたという「一樹」の設定は、そのまま「青江」と同じ。ゲイボーイは短髪が原則だったというのも、その通りでした。

「青江」は、新橋にあった戦後初のゲイバー「やなぎ」で働いていた青江ママ(本名:青江忠一)が、1956年、銀座に開いた店であり、日本ばかりか世界各国の著名人が客として名を連ねる有名店でした。ちなみに「やなぎ」時代の同僚が、吉野ママこと吉野寿雄です。

「青江」は1994年に閉店、青江ママは2011年に86歳で他界しました。

真子は、日本各地さまざまな店を転々としたのち、大阪のクラブ「カーニバル」で働き始めますが、そのモデルは言うまでもなく、大阪にかつて実在した「カルーゼル」です。

カルーセル麻紀という芸名の由来となりました。

「カーニバル」で働いていた真子に、「大阪ミュージック」の舞台に立たないかと提案してきた放送作家の仲野丈司。はっきり特定できるモデルはいませんが、そのうちの一人であろうと考えられるのが、この頃、カルーセルと交流のあった放送作家の新野新です。

勤めていた店の名前から「カルーセル麻紀」の芸名をつけたのが新野新であり、初舞台を踏むことに関しても、何らかの関係のあった可能性があります。

新野新は、放送作家として活躍したのち、タレントとしても多数のテレビやラジオなどにも出演し、関西ではよく知られた著名人です。ちなみに、「大阪ミュージック」のモデルは「大阪OSミュージックホール」であり、カルーセルは実際、ここでダンサーとして初舞台を踏みました。

真子が働く銀座のクラブ「エル」は、上記②でも取り上げたクラブ「青江」がモデルであることは明らかです。ママに頼まれ、真子は「エル」のパリ支店「パピヨン」で一時期働くことになりますが、実際、カルーセルは「青江」のパリ支店で働いていたことがあります。

またカルーセルは、作詞家でもあった山口洋子が経営していた銀座の高級クラブ「」で働いていた時期もあり、この「姫」も「エル」のモデルの一つだと言ってもいいのかもしれません。

伝説的なクラブ「姫」に関しては、山口洋子自身が執筆した回顧録があり、カルーセル麻紀らも登場しますので一読をおすすめします。

札幌「みや美」の頃から、真子によくしてくれた先輩・マヤ(篠田長吉)ですが、実際、カルーセルにはマヤという名の仲のいい先輩がいたようです。

しかしながら、物語の中の「マヤ」像には、複数の人物が組み合わされているようです。

例えば、シャンソンを歌うゲイという設定は、丸山(美輪)明宏を思い浮かべますし、戦時中、日本軍として従軍していた経歴は、青江ママがかつて働いていたゲイバー「やなぎ」のママ「お島さん」を彷彿とさせます。

マヤが神楽坂に自身の店を持っているという設定は、カルーセルと「青江」時代の同期で、赤坂にゲイバー「ニュー春」を開いた春駒ママ(本名:原田啓二、写真一番右)あたりも、組み合わされているのではないでしょうか?

ちなみに「ニュー春」は、政財界の重鎮を顧客に抱える赤坂の有名店として、現在も営業を続けています。

真子がついに念願の「日劇ミュージックホール」新春特別公演の舞台に立つくだりで、その後ろ盾となり、舞台監督として登場する大友ですが、モデルの一人は明らかに歌舞伎役者の市川猿之助でしょう。

クラブで働きながら、テレビへの出演も増えつつあったカルーセルに対し、日劇ミュージックホールへの出演を薦め、その手助けをしたのが三代目市川猿之助でした。

よって、舞台共演者の「橘まりあ」と大友の浮気を疑い、嫉妬する大友の妻のモデルは、猿之助の当時の妻だった女優の浜木綿子でしょう。実際、それに近いエピソードがあったようです。

市川猿之助は、その後二代目市川猿翁を名乗り、2023年に他界しています。

日劇の舞台にたつ真子に、様々なアドバイスをする大阪時代からの親友でもある女優の巴静香。モデルは明らかにカルーセルの大の親友だった太地喜和子でしょう。

小説では、飲酒運転のトラックに轢かれて死んでしまいますが、実際の太地喜和子も、1992年10月13日、静岡県伊東市において、知人の運転する車が海に転落し48歳の若さで死去しています。



真子を抱いた一週間後に飛び降り自殺した俳優がいた、と短く触れられる人物がいますが、モデルの一人だと考えられるのが時代劇の大スター・大友柳太朗です。

実際、カルーセルを抱いたかどうかの真偽は不明ですが、確かに二人は親交がありました。大友柳太朗は、1985年9月27日、東京都港区の自宅マンション屋上から飛び降り、73歳で死去しています。

秀男と釧路時代からの同級生であり、後に作詞家として成功するノブヨ。特定のモデルはいないようですが、上記⑤でも触れた山口洋子は、ゆるやかなモデルの一人かもしれません。

上述⑤のとおり、山口洋子は銀座の高級クラブ「姫」を経営しながら、作詞家として「よこはま・たそがれ」など五木ひろしの多くの作品、中条きよしの「うそ」など数々のヒット曲を手掛けました。

もちろん二人は幼馴染ではありませんが、ママとホステスの関係にあったカルーセルとは公私に渡る近い関係にあったことは確かでしょう。2014年9月6日、77歳で亡くなっています。

真子を担当する轟マネージャーが売り出す同じ事務所の新人演歌歌手として登場する南美霧子のモデルは、明らかに藤圭子です。

実際、藤圭子はカルーセルと同じ事務所におり、2人は公私に渡り親しくしていました。轟マネージャー自身には特定のモデルはいないようですが、作詞家として無名の藤圭子を全面的にバックアップし、見事大スターへと導いた石坂まさををどこか彷彿とさせます。

藤圭子は、言うまでもなく宇多田ヒカルの母であり、2013年8月22日、新宿の自宅マンションから飛び降り、62歳で死去しました。

真子のマネージャーとして物語でも頻繁に登場する舵田のモデルは、その名前からも明らかにカルーセルのマネージャー・宇治田武士でしょう。

美貌の青年歌手であり、戦後のブルーボーイの草分け的存在として描写される綺羅京介は、丸山(美輪)明宏を彷彿とさせます。

真子と同じ釧路出身で、初恋の相手にして幼馴染の鈴木文次は、その後力士として成功し、北海部屋の親方となる人物として描かれます。

そのモデルの一人は、幼馴染ではないものの、北海道旭川市出身で第52代横綱となった北の富士だと推測できます。カルーセル自身、相撲界とも関係が深く、具体的な名前を明かさないものの、横綱まで上り詰めたある力士と「かなり親しかった」ことを示唆しています。

北の富士は、テレビの相撲解説などでも人気を博していましたが、2024年11月12日、82歳で死去しました。

パリで出会い、真子が事実婚状態となるフランス人のピエールですが、実際、カルーセルにはそうした関係になったジャンというフランス人青年がいました。

性別適合手術を受けた翌年の1973年、19歳のジャンと事実婚状態にありましたがわずか半年で破局(カルーセルは31歳)。小説に描かれたとおり、芸能界に話題を提供するための偽装結婚の意味合いが強かったのかどうかはわかりませんが、半年にしてカルーセルの気持ちが明らかに冷めていたのは事実のようです。

フランスに帰国したジャンのその後についてはわかりません。

巴静香のアドバイスと紹介もあって、真剣に演技の勉強に取り組む真子が立つアングラ劇団「砂上」で代表を務める本間たけと。そのモデルの一人とも推測できる人物は演出家の蜷川幸雄です。

蜷川幸雄は、劇結社「櫻社」結成していた時期もあり、また太地喜和子の舞台を演出していたこともありました。

言うまでもなく、その後は「世界の蜷川」として活躍しましたが、2016年5月12日、80歳で亡くなっています。



桜木紫乃の『緋の海』『孤蝶の城』の感想、カルーセル麻紀の実話を超えられない?

上記の通り、太地喜和子をモデルにした巴静香、藤圭子をモデルにした南美霧子など、どう見ても明らかな人物もいますが、多くは複数の人物を巧みに合成させたキャラクター設定になっています。

そのあたりの筆力は、さすが桜木紫乃という他ありませんが、さて小説としての面白さはどうでしょう?

個人的には、やはりカルーセル麻紀自身が独特の話術で語る実話の面白さを超えていない、というのが正直な感想です。

桜木紫乃自身が「麻紀さんは話芸の達人ですから、『本当の話』は麻紀さん自身が語るのが一番面白いんです」と語っている通り、やはり小説にはどうしようもない白けた物足りなさを感じてしまうのです。

カルーセル麻紀本人も自伝を出版していますので、一度手に取ってみてはいかがでしょうか?

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