2026年9月28日にスタートする、NHK連続テレビ小説第115作目の作品『ブラッサム』。石橋静河、80年代以降を加賀まりこが演じるヒロイン・葉野珠のモデルとなっているのが、女流作家の宇野千代です。
ドラマは実話をもとにしたフィクションとされていますが、ヒロインの家族はもちろんのこと、多くの登場キャラクターにモデルとなった実在の人物がいます。
そこで本記事では、そういったモデルとなった人物は誰なのかを中心に調べ、ドラマとの違い含め個別にご紹介します。
- 宇野千代をモデルに描くNHK連続テレビ小説第115作『ブラッサム』
- 『ブラッサム』モデルとなった実在人物/実話とその後/ドラマとの違い
- 【山口岩国の家族関係】
- ①葉野珠(演:石橋静河)→宇野千代
- ②葉野清治(演:渡部篤郎)→宇野俊次
- ③葉野リョウ(演:国仲涼子)→宇野リョウ
- ④珠の生母(遺影のみで登場せず?)→宇野とも
- ⑤葉野守(演:日向亘)・英男(演:藤原大祐)→宇野薫・鴻・光雄・文雄
- ⑥葉野俊子(演:伊東蒼)→宇野勝子
- ⑦葉野清重(演:三浦誠己)→宇野政介
- ⑧木村照子(演:山田真歩)→藤村カツ
- ⑨木村照子の長男(役名・俳優不明)→藤村亮一
- ⑩木村保(演:金子大地)→藤村忠
- ⑪島村辰彦(演:工藤阿須加)→佐伯正夫
- ⑫木村正吾(演:三宅弘城)→中津井高助
- 【東京で出会う人々】
- ⑬黒崎大三郎(演:遠藤憲一)→滝田樗陰
- ⑭左良太(演:北野秀気)→今東光?
- ⑮秋山格之介(演:高良健吾)→芥川龍之介
- ⑯西尾一路(演:染谷将太)→尾崎士郎
- ⑰梶矢基一郎(演:佐藤緋美)→梶井基次郎
- ⑱土橋風子(演:尾野真千子)→吉屋信子
- ⑲藤川優子(演:松たか子)→藤江淳子
- 『ブラッサム』に登場すると推測されるその他実在人物
- ブラッサムは比較的実話に忠実か?
宇野千代をモデルに描くNHK連続テレビ小説第115作『ブラッサム』
実在した看護婦2人をモデルにした朝ドラ前作『風、薫る』に続き、『ブラッサム』のヒロインも実在した女性がモデルです。大ベストセラー小説『生きて行く私』で知られ、数々の恋愛遍歴とともに、明治から平成の4つの時代を強く華やかに生き抜いた女流作家・宇野千代です。
原作はなく、あくまでもフィクションとして虚実織り交ぜて描くようですが、近年の朝ドラのこの手法はことごとく失敗しており、正直、本作も若干の不安があります。
一般的にはほとんど無名だった『風、薫る』の大関和・鈴木雅とは違い、名前や容姿はもちろん、その生涯を知る人も多い宇野千代ですから、実話をひどく軽視したような大嘘はないと推測しており、実際、公表されている主要登場人物を見る限り、大きな乖離はなさそうです。
とはいっても、ドラマに登場するキャラクターは、多かれ少なれ、事実と嘘、またあるいは複数の人物を掛け合わせた造形になるでしょう。また、複数回にわたる結婚・恋愛歴のあった宇野千代ですから、その全員がドラマに登場することは難しいと思われ、一部省略される可能性もあります。
ここでは存在そのものに明らかに実在のモデルがいる人物にしぼり、ご紹介します。
『ブラッサム』モデルとなった実在人物/実話とその後/ドラマとの違い

【山口岩国の家族関係】
①葉野珠(演:石橋静河)→宇野千代
子役の村上蘭→石橋静河→加賀まりこと3人が演じる本ドラマの主人公・葉野珠(はのたま)のモデルが、既述のとおり、宇野千代です。
1897(明治30)年11月28日、山口県玖珂郡横山村(現在の岩国市川西)生まれ。1996(平成8年)6月10日に98歳で亡くなるまで、明治から平成までの4つの時代を華やかに生き抜きました。
宇野千代については、生涯、家族関係、男性遍歴、住居からおすすめの代表作まで、以下の記事で詳しく紹介していますのでここでは割愛します↓。
②葉野清治(演:渡部篤郎)→宇野俊次
渡部篤郎演じる珠の父・葉野清治のモデルは、もちろん千代の父である宇野俊次です。
ドラマでは、岩国の蔵元「葉野酒造」の長男なのに家業は継いでいないという設定ですが、実際の宇野俊次は「宇野酒造」の次男ゆえに、家業を継いでいないという立場でした。
岩国の高森にあった「宇野酒造」は、地元ではよく知られた資産持ちの造り酒屋であり、長男の宇野政介が家業を継承。俊次は分家の際の財産分与、およびその後の月々の仕送りに依存し、一度も働いたことのない道楽者でした。
一回り半も歳の離れた土井ともと結婚し、俊次42歳、とも24歳の時に生まれた第一子が千代です。しかし、ともは急逝し、ほどなく後妻として17歳の佐伯リュウを迎え、四男一女をもうけました。大名小路の料亭「半月庵」(現在も料理旅館として実在)の常連として放蕩三昧の一方、子どもたちには厳格で、親には絶対服従の教育を施しました。
しかし、千代が小学校に上がる頃には、分与された財産も使い果たし、一家は次第に貧乏になります。千代が最初の結婚をしたときには、すでに病に臥せっており、1913(大正2)年、57歳で死去しました。その時、千代は16歳でした。
③葉野リョウ(演:国仲涼子)→宇野リョウ
清治が後妻に迎え、珠の継母となる、国仲涼子演じる葉野リョウのモデルが、同じ名前の宇野リョウです。
実母のともが死んだ翌年の1900(明治33)年、45歳の俊次が再婚したのが、その時まだ17歳の(佐伯)リュウでした。歳の離れた後妻という立場からくる苦労で、一度実家に逃げ帰りましたが、幼い千代が悲しんで迎えにきたため、宇野家に戻ったこともあったようです。
リョウは、四男一女をもうけましたが、実子も血の繋がらない千代も分け隔てなく愛情深く接する優しい母であり、夫の死後は、「義済堂」という糸取り工場で働き、一家の生計をたてていました。
晩年、具合の悪くなったリョウを、千代は東京に引き取ります。東大病院で診察した結果、胃がんの末期だったことが判明し、1951(昭和26)年に死去しました。
ちなみに、ドラマの登場人物一覧には見当たりませんが、千代の祖母にあるリュウの母・佐伯みゑは、1966(昭和41)年、101歳で亡くなる長寿でした。みゑは、千代が代用教員で働いていた小学校の前で文具店を営んでおり、その仕事を得たのも、みゑの口利きによるものでした。千代は、北原武夫と離婚し孤独だったため、青山の家に岩国からみゑを引き取り、最期を看取ったようです。
④珠の生母(遺影のみで登場せず?)→宇野とも
すでに故人として、ドラマに登場するかどうか現時点では不明ですが、葉野リョウは「継母」となっているため、生母の存在自体は実話通りの設定のようです。
上述の通り、生母の宇野とも(旧姓:土井とも)は、千代を産んだ後まもなく、肺結核にかかります。家族と離れて療養していたものの、1899(明治32)年、千代が2歳になる前に亡くなりました。そのため、千代には生母の記憶がなく、13歳になるまでその存在すら知らずにいたようです。
著書『生きて行く私』には、晩年になってはじめて生母の実家を訪ねてみるくだりがあります。
⑤葉野守(演:日向亘)・英男(演:藤原大祐)→宇野薫・鴻・光雄・文雄
宇野俊次とリョウは四男一女をもうけますが、どうやらドラマでは二男一女の設定に変更しているようです。そのため、珠にとっては異母きょうだいにあたる葉野守と葉野英男は、実際の宇野薫・鴻(ひろし)・光雄・文雄の4人を組み合わせたキャラになるものと推測します。
きょうだい4人についての詳しいことは不明ですが、宇野千代の著作に書かれたきょうだいに関するエピソードには以下のものがあります。
・三男の光雄は、小樽の高商を出て、読売新聞社に入社。東京で千代と同居し、そこから通勤していた時期もあったようです。しかし、1941(昭和16)年6月、結核により若くして他界しました。その際、母リョウ、姉の勝子はかけつけましたが、長男の薫はその時は消息不明、鉄道員だった次男の鴻と、船乗りだった四男の文雄には通知を送れなかったとあります。
・母のリョウが死んで十数年がたったころ、東京に住んでいた薫が岩国に帰郷。その際、吉木という人に貸していた川西の実家がぼろぼろになっていたという報告を聞いた千代は、薫と一時帰郷し、実家の改築を決心するに至りました。その際、薫の嫁の実家で「新し屋」と人が呼ぶ家の世話になったとあります。
⑥葉野俊子(演:伊東蒼)→宇野勝子
俊次とリョウがもうけた二男一女のうち、伊東蒼演じる葉野俊子のモデルは、千代の異母妹にあたる宇野勝子でしょう。勝子は、薫、鴻の次に生まれ、光雄、文雄の姉にあたります。
勝子も、早くに故郷を離れて上京し、晩年に至るまで千代と非常に近い関係にありました。千代が尾崎士郎と馬込の家に暮らしていた時には、勝子、尾崎の母も一緒に同居。千代が熱海や栃木の壬生に疎開していた時は、勝子が「スタイル社」のあった四ツ谷の家で留守番をしていました。「スタイル社」が倒産し、千代が借金とりに追われていた時は、青山に住んでいた勝子を頼り、2階で着物を作ったり、執筆したりしていたようです。
勝子は、目黒の佐野という家から、その時まだ3歳にならない男の子を養子としてもらいうけます。男の子の名前は文雄でしたが、実弟の名とかぶるため、千代が「純夫」と命名しました。
勝子は、千代が青山に移った頃も一緒に暮らし、母リョウが末期がんで自宅療養していた際には、勝子が中心になって看病しました。また、勝子は千代ともども麻雀を楽しみ、千代83歳、勝子75歳で麻雀をする姿が雑誌のグラビアに出たこともあります。
⑦葉野清重(演:三浦誠己)→宇野政介
三浦誠己演じる、「葉野酒造」を継いだ葉野清重のモデルは、「宇野酒造」を継いだ宇野政介になります。しかし上述のとおり、実際は、次男ではなく長男であり、「兄の代わりに酒造を継いだ」というのはドラマの創作です。
千代からみて伯父にあたる宇野政介について、詳しいことはわかりません。しかし、政介の孫にあたる宇野本家三代目の宇野登美子は、たびたび千代の著作に登場するなど、千代と近い関係にあったようです。
登美子は三雄という婿養子をとり、一男一女をもうけ、三雄の転任により札幌に住んでいたときには、千代を招いたりしていました。ちなみに二人の息子・茂は、出張先のカタールにて32歳の若さで自動車事故死したことが、千代の著作に書かれています。
⑧木村照子(演:山田真歩)→藤村カツ
珠の実母の妹であり、叔母として登場する山田真歩演じる木村照子のモデルは、実母・ともの姉である藤村カツがモデルでしょう。
よって千代からみて叔母ではなく伯母にあたります。ここでも珠の父・清治同様、なぜかきょうだい関係を逆にしてあるのが不思議です。
藤村カツの夫は、岩国地方裁判所の書記をしていた人物で、岩国の鉄砲小路に住み、亮一と忠という息子が二人いました。カツは、姪の千代のことをかなり気に入っていたふしがあり、そのため後述するように、息子たちを千代と結婚させるに至ったようです。
⑨木村照子の長男(役名・俳優不明)→藤村亮一
現時点では、役名も俳優も不明ですが、下記の通り、金子大地演じる木村保は木村照子の「次男」となっていることから、長男がいること自体は事実に即したものです。だとすると、そのモデルは、藤村カツの長男で、実話では、千代の最初の夫となる藤村亮一ということになります。
藤村家側からの申し出により、二人が結婚したのは、千代が岩国高等女学校2年で14歳、亮一は岩国中学校5年で17歳でした。しかし、嫁入りした千代は、家のしきたりや雰囲気の違いに馴染めず、またすでに飲み屋で女遊びしていた亮一に嫌気がさし、わずか10日で実家に戻ります。すでに病床にあった父を看病するという名目にしましたが、父が死んでも、藤村家に帰ることはありませんでした。
亮一は、その後、受験にことごとく失敗し、東京でふらふらと遊び惚けていました。下記の通り、弟の忠と千代が婚約し、上京した当初は一時、亮一が女と同棲していた下宿に身を寄せていました。亮一は女を連れ、まもなく下宿から出ていき、それから半年後の1918(大正7)年ごろ、急性の結核にかかり療養先の八丈島で死去しました。
⑩木村保(演:金子大地)→藤村忠
金子大地演じる、木村照子の次男・木村保のモデルは、上述の通り、藤村カツの次男で亮一の弟・藤村忠です。千代の二人目の夫となります。
千代は小学校の代用教員として働いていたとき、一人の同僚教員と男女の仲になっていますが、その関係が破局した後、伯母の後押しもあって交際し始めたのが、京都の第三高等学校生だった従兄の藤村忠でした。京都の下宿で同棲をはじめ、1917(大正6)年、忠が東京帝国大学法科大学入学に合わせて一緒に上京しました。
1919(大正8)年、正式に結婚。翌年、帝大を卒業して北海道拓殖銀行に職をえたことで、二人で札幌に赴任します。生活に余裕が出たことで、千代も執筆に本腰を入れるようになり、見事作家デビューに至りました。しかし、東京の中央公論社に出向いた千代は、そこで尾崎士郎と恋に落ち、そのまま札幌に戻ることはありませんでした。
忠は、一向に戻らない千代を東京まで迎えにいきましたが、説得できず、千代も電車の停留所まで送ってくれただけで、それが二人の最後となりました。千代はこの時の自分の冷酷な態度を晩年に至っていても後ろめたく思っていたようです。1年半後に正式に離婚が成立。ちなみに、千代は忠との間で複数回の流産を経験したとする説もあります。
忠は、千代と離婚した4年後、善浪ミツエという女性と再婚。北海道拓殖銀行は54歳で退職し、証券会社で社長をつとめたほか、北海道大学で農学士の学位も得るなど幸せな晩年を送りました。1977(昭和52)年、81歳で死去しています。千代の著作には、後年、忠の孫である中学2年生の女子から手紙をもらったエピソードが書かれています。
⑪島村辰彦(演:工藤阿須加)→佐伯正夫
珠が働く尋常小学校の同僚教師だと説明されている工藤阿須加が演じる島村辰彦のモデルが、佐伯正夫でしょう。
千代は、16歳のとき、川下村にあった川下尋常高等小学校(現在の岩国市立川下小学校)の代用教員となります。そこで出会い、一目ぼれしたのが、新任教師の佐伯正夫でした。
授業中に佐伯宛の恋文を児童に届けさせるなど、大胆な行動をとったことがバレ、1915(大正4)年、千代は免職となります。失意の中、女学校時代の恩師を頼って朝鮮の京城(現在のソウル)へと出奔。しかし、そこに佐伯からの絶縁状が届きます。千代は慌てて帰国し、その足で山奥の小学校に左遷されていた佐伯を訪ねるも、冷たく拒絶されて関係は終わりました。
佐伯正夫は、その後、地元の呉服屋の養子となったようです。
⑫木村正吾(演:三宅弘城)→中津井高助
木村保の母・照子の従兄で、札幌の銀行に勤め、保や珠に札幌赴任を勧める様子である木村正吾のモデルは、中津井高助ではないでしょうか?
ただドラマと異なる点は、中津井高助は実母の親戚ではなく、高森の宇野家の分家で伯父にあたり、開墾時代に山口から北海道に渡って銀行事業で成功した人物でした。帝大を卒業した藤村忠と千代の東京の下宿先を訪ねて、北海道勤務を勧め、旅費などまとまったお金を提供してくれました。
伯父の家は、札幌の南三條にあり、二人はそこで一時居候していました。また伯母からは、十三年穿いた足袋を見せられ、女の生きざまを教えられた印象的なエピソードが、千代の著作に記されています。
【東京で出会う人々】
⑬黒崎大三郎(演:遠藤憲一)→滝田樗陰
遠藤憲一演じる文芸雑誌「首都公論」の編集長・黒崎大三郎は、「中央公論」の名編集長と言われた滝田樗陰(たきたちょいん)がモデルです。
上京した珠が働く、黒崎と出会う西洋レストラン「悠樂軒」のモデルは、言うまでもなく、本郷三丁目に実在した「燕楽軒」。大正7年創業で、フランス帰りの西尾益吉シェフの提供する本格西洋料理を目的に、多くの文化人や財界人が足を運んだ名店でした。すぐ近くに中央公論社があり、給仕係として短い期間(18日間)働いていた千代に、毎回50銭のチップをくれたのが、滝田樗陰です。
滝田樗陰は、帝国大学在学中から「中央公論」の翻訳部門で働き、正式に編集者として採用されて大学を中退しました。同誌の文芸欄を充実させ、一気に部数をのばした立役者であり、掲載されることは作家にとってスタータスとなる雑誌に押し上げました。また、新人作家の発掘にも力を入れ、谷崎潤一郎、志賀直哉、武者小路実篤、芥川龍之介らは、滝田によって発掘されたと言います。
北海道で作家の道を歩み始めた千代が、『墓を発く』の原稿を送り付けたのが滝田です。それが「中央公論」に掲載され、事実上の文壇デビューとなりました。
滝田は、出版業界の重鎮ともいうべき存在でしたが、1925(大正14)年、腎臓病と喘息により43歳の若さで亡くなっています。
⑭左良太(演:北野秀気)→今東光?
珠との出会いを機に、作家を志すようになる青年として紹介されている左良太は、今東光(こんとうこう)がモデルではないかと推測します。
上述の通り、千代は一時給仕として働いていたレストラン「燕楽軒」で、滝田樗陰はじめ、さまざまな文化人、作家たちと知己をえますが、その中の一人が、当時はまだ無名の若者にすぎなかった今東光でした。今東光は、千代に一目ぼれし、猛烈にアタック。千代の仕事が終わるまで店の外で待ち、家まで送ってくれたり、店をやめてからも、よく一緒に散歩したり、デートしたりしました。東光の母に紹介されたこともあるようです。
今東光はその後、川端康成らと新感覚派の文学運動に参加して文壇に登場した後、芥川龍之介の自死などをきっかけに出家して天台宗の僧侶となります。戦後、文壇に復帰し、『お吟さま』で直木賞を受賞しました。後年は参議院議員を務めるなど、異色の経歴を持つ人物であり、1977(昭和52)年、79歳で亡くなっています。
⑮秋山格之介(演:高良健吾)→芥川龍之介
『羅城門』『蜘蛛の巣』など知られる文壇の寵児と説明される、高良健吾演じる秋山格之介のモデルは、ほぼ間違いなく芥川龍之介でしょう。
当時はまだ帝大の学生だった芥川も、滝田樗陰に連れられてしばしば「悠樂軒」に出入りしており、そのころ、千代とも知り合っています。ただ無名の今東光とは違い、芥川は1915(大正4)年に『羅生門』、その翌年には『鼻』を出版するなど、すでに文壇では注目を集めていた新進作家でした。今東光と千代のデートのエピソードを聞き、芥川が『葱』という短編を執筆したのは有名な話です。
今更説明するまでもなく、芥川龍之介はその後、短編小説の名手としての地位を確立しましたが、晩年は健康と精神の不安に苦しみ、1927(昭和2)年7月、35歳で自死を遂げています。
⑯西尾一路(演:染谷将太)→尾崎士郎
染谷将太演じる新進気鋭の小説家・西尾一路のモデルは、千代の3人目の夫となる尾崎士郎だと推測します。同じ出版社に出入りしていて出会い、非常に近い関係になっていくというドラマの設定は、まさに尾崎士郎と千代の関係を彷彿とさせます。
尾崎士郎は、早稲田大学在学中より作家を志すも、社会主義運動に傾倒して除籍。「時事新報」の懸賞小説に応募した小説『獄中より』が二等となりましたが、その時の一等が当時札幌に暮らしていた千代でした。以後、本格的に小説家を目指す中、1923(大正12)年に千代と結婚。しかしさしたる執筆もせず、文壇での交友、女性や酒にまみれた享楽的な生活に溺れた挙句、1930(昭和5)年、二人は離婚しました。
その後、離婚前から不倫関係にあった、銀座「カフェー・ライオン」の女給・古賀清子と再婚し、一女をもうけました。1935(昭和10)年に刊行した『人生劇場』が大ベストセラーとなり、ようやく人気作家としての地位を確立しています。1964(昭和39)年、直腸癌により66歳で死去しました。
⑰梶矢基一郎(演:佐藤緋美)→梶井基次郎
佐藤緋美演じる梶矢基一郎のモデルは、その名から明らかなように、小説家の梶井基次郎がモデルであることはほぼ間違いないでしょう。
1927(昭和2)年ごろ、川端康成に招かれ、千代と尾崎はたびたび伊豆の湯ケ島を訪れていましたが、そこで交流をもったのが肺結核の療養に来ていた才能あふれる文学青年の梶井でした。梶井が千代に惚れたことから尾崎が嫉妬し、離婚へとつながっていく一つの理由になったと言われています。
梶井は、1932年(昭和7)年、31歳の若さで死去。代表作『檸檬』『桜の樹の下には』などわずか20篇ほどの短編を残しただけですが、日本文学に確かな足跡を刻みました。
⑱土橋風子(演:尾野真千子)→吉屋信子
【吉屋信子展】
— 神奈川近代文学館 公式 (@kanabun_PR) April 4, 2026
本日4月4日(土)から始まりました!
多くの作品で、自らの意志を貫く清新な女性たちを描き、自身もその生き方を貫いた信子。
最愛のパートナー・門馬千代と若き日に交わした手紙など、ご遺族より新たに寄贈された資料も初公開します。
5月31日(日)まで開催。https://t.co/tVxsZKvpj1 pic.twitter.com/lqc9LjjMwT
尾野真千子が演じる、少女小説でブレイクした人気作家で、珠に大きな影響を与えるとされている土橋風子のモデルは、宇野千代と交友のあった吉屋信子がモデルでしょう。
新潟県に生まれた吉屋信子は、1916年に発表した『花物語』で一躍人気作家となり、「少女小説」の先駆者とも言われるようになりました。同世代の宇野千代とは、文学仲間として親交を深め、男性中心の文壇に対する形で結成された「女流文学者会」では、吉屋が初代会長、千代が第二代会長を務めました。
レズビアンとして知られ、1923年に出会った門馬千代とは、公私にわたるパートナーとして亡くなるまで一緒でした。1973(昭和48)年、S字結腸癌により77歳で死去。喪主は戸籍上の養女となっていた(門馬)千代がつとめています。
⑲藤川優子(演:松たか子)→藤江淳子
松たか子が演じる珠の秘書・藤川優子のモデルは、実際に千代の後年36年間、そばについて公私に渡る秘書を務めていた藤江淳子(あつこ)でしょう。
仙台から上京した藤江が、当初は「宇野千代きもの研究所」で着物デザインの助手として雇用されたのが1960(昭和35)年、千代が63歳の時です。千代は「スタイル社」倒産による借金苦の最中であり、また4人目の夫・北原武夫ともすでに別居状態にありました。千代が骨折して入院した際には、親身になって世話をしてくれたこともあり、その後は千代が亡くなるまで終生、傍に寄り添い続けました。
夫は、同じく「きもの研究所」の経理担当だった藤江広。現在も藤江家の親族が代表となり、「株式会社宇野千代」で肖像権や著作権の管理に携わっているようです。
『ブラッサム』に登場すると推測されるその他実在人物
おそらく後日に追加発表されるものと推測していますが、以下の人物は宇野千代の生涯を語るうえで、外せないでしょう。
●東郷青児:尾崎士郎と別れた後の千代が、事実婚状態となった洋画家
●北原武夫:千代の4人目の夫となる小説家
演じるキャストなど詳しい情報発表後に、二人の詳細を追記します。
ブラッサムは比較的実話に忠実か?
すでに発表されている登場人物を見る限り、宇野千代の実際の生涯に比較的沿った物語になるのではないかと推測しています。
子役含め、3人の俳優がヒロインを演じるということで、2011年度後期放送の朝ドラ第85作『カーネーション』を思い出します。コシノ3姉妹の母、小篠綾子をモデルとしたドラマであり、朝ドラ屈指の名作として知られていますが、さて『ブラッサム』はどうなるでしょうか?
今後、放送と同時進行で、さらに新たな登場人物とモデルが確認できましたら、記事を更新していきたいと思います。



