成瀬巳喜男『浮雲』あらすじ/原作/キャスト/感想レビュー【高峰秀子と森雅之】

浮雲 映画

日本映画史を代表する名作の一つ、1955年公開の『浮雲』。

成瀬巳喜男監督、そして主人公の男女を演じた高峰秀子と森雅之の代表作でもあります。

本記事では、あらすじ、キャストや原作など作品の概要を紹介したのち、個人的感想を交えてレビューしたいと思います。

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戦前のサイレント時代から60年代にかけて数々の作品を手掛け、小津・黒澤・溝口に続く世界的評価を得るに至った巨匠・成瀬巳喜男。そんな彼の最高傑作とされるのが1955年に公開された『浮雲』です。

林芙美子原作小説の成瀬5度目となる映画化であり、脚本は成瀬とたびたび組んだ水木洋子が手掛けました。

主演は、高峰秀子と森雅之。昭和の日本映画界を代表する大スターである2人にとっても、キャリアの代表作の一つといえる作品となりました。

同年度のキネマ旬報ベストテンにおいて、日本映画第1位にランキングされたのにくわえ、監督賞と主演女優賞、主演男優賞のトリプル受賞に輝きました。その後も、たびたび各メディアで発表される日本映画歴代ランキングでは、必ず一桁台に位置付けられる名作中の名作です。

■成瀬巳喜男について

成瀬巳喜男は1905年8月20日、東京の四谷生まれ。1920年に松竹蒲田撮影所に入社し、1930年の短編サイレント映画『チャンバラ夫婦』で監督デビューしました。

その後手掛けた作品は高い評価を得ていきましたが、なかなかその才能に見合う待遇を得らない時期が続きます。1951年に公開された『めし』、そして東宝に復帰して製作された本作により、不動の名声を得ました。

女性映画の名手とも言われ、その他の作品に、『流れる』『驟雨』『放浪記』などがあります。遺作は1967年公開の『乱れ雲』。1969年7月2日、直腸がんにより63歳で死去しました。

私生活では若い頃に女優の千葉早智子と結婚し、一男をもうけましたが数年で離婚しています。



戦時中、赴任していた農林省のベトナム事務所で出会ったタイピストのゆき子と官吏技師の富岡。富岡には妻・邦子がいることを知りつつ、深い関係になってしまいます。

戦後、帰国したゆき子が富岡のもとを訪ねると、妻と離婚するというのは嘘だったことが判明。失意のゆき子はアメリカ兵の情婦となるも、結局富岡とはよりを戻すことに……。

行く当てもなく伊香保温泉にやってきた2人は、飲み屋を営む夫婦と親しくなるものの、富岡は主・清吉の妻・おせいとも関係を持ってしまうのでした。

そんな中、ゆき子の妊娠が発覚。おせいと同棲していた富岡はあてにならず、仕方なくかつて自分の貞操を奪った義兄・伊庭を頼って中絶します。おせいが清吉に殺されたことを知りつつ、伊庭の世話になっていたゆき子のもとに富岡が現れ、妻の邦子が病死したことを告げるのでした。

屋久島に赴任することになった富岡に、体調の不良をおしてゆき子も同行します。しかし、病状は悪化し、勤務中の富岡に看取られることなくゆき子は息絶えるのでした。

原作は、『放浪記』で知られる林芙美子の同名小説です。

林芙美子は、1903年12月31日、山口県下関において私生児として生まれ、日本各地を転々としていた時代の日記をもとにした自伝的小説が『放浪記』でした。その後も自伝的作風の大衆小説により流行作家となって旺盛な執筆活動を続けます。長編の本作『浮雲』、1948年の女流文学者賞に輝いた『晩菊』など、名作を発表しました。

1951年6月28日、心臓麻痺により47歳の若さで死去。葬儀委員長は川端康成でした。ちなみに、成瀬が『浮雲』に先立って映画化した『めし』は、林の未完の絶筆になります。

私生活では、23歳のとき、画学生だった手塚緑敏と内縁の結婚。実子はなく、1943年に養子を迎えていますが、若くして事故死しています。公私に渡り林を支えていた夫の緑敏は、1989年に亡くなりました。晩年を過ごした新宿区落合の自宅は現在、「新宿区立林芙美子記念館」として一般公開されており、おすすめです。

●幸田ゆき子/高峰秀子
●富岡兼吾/森雅之
●おせい/岡田茉莉子:伊香保で飲み屋を営む清吉の若妻
●伊庭杉夫/山形勲:ゆき子の義兄
●邦子/中北千枝子:富岡の妻
●清吉/加東大介:おせいの夫

高峰秀子は、2010年12月28日、肺がんにより86歳で死去。ちなみに、成瀬巳喜男が1962年に映画化した『放浪記』で林芙美子を演じたのも高峰秀子です。

森雅之は、1973年10月7日、直腸がんにより62歳で死去しています。

6人の中で、今も存命なのは岡田茉莉子のみです。2025年7月現在、92歳。

山形勲は1996年6月28日に80歳で、中北千枝子は2005年9月13日に79歳で、加東大介は1975年7月31日に64歳で他界しています。



成瀬巳喜男監督の代表作にして日本映画の金字塔『浮雲』。

戦時中、赴任先のベトナムで深い関係になった官吏の富岡とタイピストのゆき子。
富岡には日本に妻がいる。
戦後、引き揚げてきた日本で、富岡とゆき子、妻やさらに第三の女まではさんで、どうしようもない男女のやるせない関係が切々と描かれる。

巧みな回想シーンの挿入、大胆な省略による時間経過の描き方など、今観ても少しも色褪せるどころか、新鮮な驚きに満ちている。

二人を演じたのは、高峰秀子と森雅之。女と心中した文豪・有島武郎を父に持つ森雅之が、富岡という男を演じることは容易くなかったのではなかろうか。

この映画を説明するのに「メロドラマ」という言葉を使う人もいる。
が、ここにメロドラマというものの持つ甘たるさは皆無だ。
全編を通して漂っているのは、どこまでも、虚しい、絶望感。

東京の千駄ヶ谷を散歩しながら、ゆき子が富岡につぶやく。

「私たちって、行くところがないみたいね」
「そうだな、どこか遠くに行こうか」

死んでしまった心を共有しあった二人の姿は、戦後復興に向けて動き出した当時の日本の、もう一つの、裏の顔かもしれない。

彼らにできるのは、どこまでも流されて生きること。

旅先の伊香保温泉で出逢った男が言う。

「運命には逆らわないことにしてるんです」

そして、富岡は、欲望の赴くまま、その男の若い妻とすら関係を持ってしまうのである。

終盤、富岡の新赴任地、屋久島に向かう途中の鹿児島の宿で、ゆき子が富岡に言う。

「捨てられたら、また、それはそれにして、生きていくんだわ」

「それはそれにして」という言葉の持つ、なんともいえない気だるい虚無感が辛い。

戦後を舞台に、一人の弱い男と三人の女というと、自分はアイザック・B・シンガーの小説『敵、ある愛の物語』を思い出す。しかし、『浮雲』が製作されたのは1955年、シンガーの小説よりずっと前である。

この時代の日本映画には、こんなに成熟した大人の男女の哀しみを描く土壌があったこと、そして、それを演じることのできる俳優がいたということ、それを思うと、今の日本映画の幼さが寂しい。

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