今村昌平監督、春川ますみ主演の傑作『赤い殺意』。1964年公開のモノクロ作品ですが、他のどの映画とも違う、圧倒的な力を持った、日本映画史上屈指の名作の一つだと言っていいでしょう!
本記事では、キャストやあらすじにくわえ、作品についてより深く知るための情報をネタバレありでご紹介します。
日本映画史に残る傑作『赤い殺意』
『赤い殺意』は、まぎれもなく日本映画史に残る傑作です!
巨匠・今村昌平の代表作の一つであり、『Intentions of Murder』のタイトルで世界中に熱狂的なファンも多くいます。
まず、主要登場人物5人と演じた俳優たちのプロフィールをご紹介しましょう。
5人の主要登場人物とキャスト
※情報は2023年5月現在のものです。
①高橋貞子/春川ますみ
祖母が先代の妾だった縁で、旧家の高橋家に女中としてやってきた貞子。次男の吏一に寝取られ、妻となって一人息子の勝(まさる)をもうけるも、姑からは変わらず女中扱いで、吏一もケチな浮気男……。人の言いなりで自分の意志を持たなかった女から、次第にしたたかな女へと変貌していく主人公の貞子を演じたのは春川ますみです。
春川ますみは、1935年11月15日生まれで栃木県宇都宮市出身。浅草ロック座のダンサーとして活躍したのち、日劇ミュージックホールを経て、1958年、映画『続・社長三代記』で女優デビューしました。
大ヒットした「トラック野郎」シリーズにおける愛川欽也扮する金造の妻・君江役が有名ですが、他にも多数の映画・ドラマ・時代劇において、コミカルな名バイプレーヤー女優として活躍しました。2000年頭の2時間ドラマ出演を最後に、公の場に姿を見せていません。
②平岡/露口茂
高橋家に押し入り、貞子に乱暴する強盗犯が平岡です。元トランぺッターながら今はストリップ劇場でしがないドラマーをしており、重い心臓病のため発作時の薬が手放せません。強盗以来、貞子のことが好きなってしまい、一緒に東京に駆け落ちしようと執拗に迫ります。
そんな平岡を演じる露口茂は、1932 月4月8日生まれ、東京出身。愛媛大学を中退して俳優座養成所に入所したあと、1957年にテレビドラマ『東京の虹』でデビューしました。
1972年から1986年まで長きに渡って演じ続けたドラマ『太陽にほえろ!』の刑事・山さん役で人気沸騰し、その頃からテレビドラマがメインの活動の場となりました。2000年代に入ってからは目立った出演作はなく、事実上の引退状態にあります。
③高橋吏一/西村晃
貞子の夫が吏一(りいち)です。かなりのケチで、貞子に対して横柄な態度をとり続けますが、中身は小心者。大学の図書館で働いており、事務員の義子と長年に渡る不倫関係を続けています。
演じた西村晃(こう)は、1923年1月25日生まれ、北海道札幌市出身。日本大学在学中から舞台に立っていましたが、戦時中は特攻隊員として従軍した経験があります。戦後は新劇俳優として活動しつつ、映画界に進出。本作の演技で毎日映画コンクール男優主演賞を受賞しました。
80年代以降はテレビドラマが中心となり、なんといっても9年間演じた『水戸黄門』の水戸光圀役が有名です。1997年4月15日、急性心不全により74歳で他界しています。
④高橋忠江/赤木蘭子
貞子の強権的な姑が忠江です。貞子を見下して女中扱いし、冷たく当たり続けます。孫の勝を跡取りにするため、借家住まいの貞子ら一家を、本家に同居させようと画策しています。
演じた赤木蘭子は1914年1月17日生まれ、東京出身。劇団に所属し、舞台・映画を中心に活動していましたが、共産主義運動により治安維持法で逮捕された経験もあります。戦後は、夫の信欣三とともに俳優座、劇団民藝へと渡り歩きました。
1973年7月23日、59歳で他界しています。
⑤増田義子/楠侑子
吏一の長年の不倫相手が増田義子です。吏一の勤める図書館の事務員で、貞子と平岡の関係に気づき、その証拠を握ろうと2人を尾行します。
演じた楠侑子(くすのきゆうこ)は、1933年1月1日生まれ、東京出身。俳優座からいくつかの劇団を経つつ、女優活動をしていましたが、劇作家の別役実と結婚してからは、次第に表舞台に立つことがなくなりました。
一人娘のべつやくれいは、人気イラストレーターとして活躍しています。
『赤い殺意』のあらすじ【ネタバレあり】
夫も息子も不在の夜、押し入った強盗に暴行された貞子。汽車に飛び込んで死のうと思うも死にきれず……。数日後、再びやってきた強盗の平岡から、自分はもうすぐ死ぬが好きだと告白され、再びなし崩し的に関係を持ってしまうのでした。
再度、自殺を試みますがやはり未遂に終わり、デパートで平岡につきまとわれているところを、吏一の浮気相手・義子に目撃されてしまいます。
3か月後、妊娠が発覚した貞子に、平岡は自分の子ではないかと迫り、一緒に東京に逃げようと誘います。2人は汽車の中で激しくもみ合うも、決着をつけるはずの旅館で結局体の関係を持ってしまうのでした。
舅が亡くなり、葬儀の場で妊娠が家族の知るところに……。そして貞子は、自分が今も未入籍であること、勝だけが姑の息子として籍に入っていることを知ってしまいます。
貞子は、へそくりを手切れ金として渡すことで、平岡と別れようとするのですが、後ろ髪を引かれるように再び舞い戻ってしまうのでした。
平岡を殺すしかないと覚悟した貞子は、農薬入りの水筒を手に、一緒に上野行きの汽車に乗りこみます。ところが、大雪で汽車が不通になり、仕方なく雪山を2人で歩くことに……。
貞子は、自分の手で平岡を殺すことができず、平岡自身が心臓発作を起こして息絶えます。一人仙台駅に戻った貞子が、腹痛を起こし病院に運ばれる一方、2人を終始尾行していた義子が、撮影に夢中になり交通事故死してしまうのでした。
義子が遺した写真から、吏一は貞子を問い詰めるも、自分じゃないと言い張り、勝を連れて家を出ると強く出ます。そればかりか、勝の戸籍問題で姑を訴え、裁判に出ることも厭わない女になっていました。
監督の今村昌平について
『赤い殺意』のメガホンをとったのは、日本人でただ一人カンヌ国際映画祭において二度のパルム・ドールに輝いた巨匠、今村昌平です。
今村昌平は、1926年9月15日生まれ、東京出身。大学卒業後、松竹大船撮影所に入社し、小津安二郎の助監督を務めるなどしていました。
日活に移籍後は、川島雄三に師事し、1958年に『盗まれた欲情』で監督デビュー。『にっぽん昆虫記』や本作『赤い殺意』を発表して名声を得たあと、今村プロダクションを設立しています。
『楢山節考』と『うなぎ』でパルム・ドール受賞を果たしていますが、今村は生前、本作『赤い殺意』が自身の最高傑作だと述べていました。
■重喜劇とは?
師匠の川島雄三と同じく、今村昌平の作風を指して、たびたび「重喜劇」と称されることがあります。
重苦しく深刻な人間ドラマの中から、独特の喜劇性や人間存在の滑稽さが浮かび上がります。
『赤い殺意』は、まさに「重喜劇」の代表的作品のひとつであり、深刻な場面なのに、思わずクスリと笑ってしまうシーンが多々あります。
もちろん今村の演出によるものですが、春川ますみの独特の存在感も見逃せません。
原作は藤原審爾の同名小説
藤原審爾が、光文社の女性週刊誌「女性自身」に1959年5月から9月に渡り連載し、大きな話題をよんだ同名小説が原作です。
藤原審爾は、破天荒な無頼派の生活を送りながら、純文学から通俗小説まで、器用に幅広くこなした作家として知られ、1952年に「罪な女」「斧の定九郎」「白い百足虫」で第27回直木賞を受賞しています。
映画化された作品も数多く、岡田茉莉子主演の『秋津温泉』は、藤原の初期の代表作です。他にも、2度映画化された『泥だらけの純情』、テレビドラマ化された『新宿警察』などが有名です。
1984年に死去しましたが、女優の藤真利子は、藤原の娘です。
舞台になったロケ地は宮城県の仙台一円
物語は、宮城県の仙台一円が舞台となっています。貞子の家は、始終、汽車が往来する線路沿いにあって、なにやら象徴的。
今村昌平は現地オールロケに徹した監督として知られており、松島駅(写真は現在の駅舎)、仙台駅前ロータリー、路面電車が走る広瀬橋など、当時の街や駅の風景がそのまま映像にとらえられています。
高橋家の本宅がある高屋敷は、宮城県富谷市にある地名です。
何度もテレビドラマ化されている『赤い殺意』
映画化ののち、これまで4度テレビドラマ化されています。
1966年:TBS、貞子役/八木昌子
1975年:TBS「花王 愛の劇場」、貞子役/市原悦子
1979年:テレ朝「土曜ワイド劇場」枠「家庭の秘密 乱れる!」、貞子役/宮下順子
1991年:フジテレビ「妻たちの劇場」枠、貞子役/片山由香
今後ますます評価が増していくであろう『赤い殺意』
『赤い殺意』は、これまで容易に鑑賞できない作品だったこともありますが、もともと、玄人志向の映画ファンから絶大なる人気を誇る、知られざる名作でした。
2023年5月現在、Amazonプライムビデオでも配信されており、今後はこの作品の素晴らしさに気づく人がさらに増えていくのではないでしょうか。
本作が気に入った人には、同じ時期の同じテイストの作品『にっぽん昆虫記』も合わせておすすめしたいと思います。
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