映画『さざなみ』やドラマ『ルッキング』で知られるアンドリュー・ヘイ監督が2011年に発表した映画『ウィークエンド』。LGBTQを描いた数ある映画の中でも、誰もが認める秀作の一つです。
本記事では、そんな映画『ウィークエンド』について、キャストやあらすじ、見どころポイントを紹介したあと、個人的な感想を交えてレビューしたいと思います。
ゲイ映画の秀作『ウィークエンド』
映画『ウィークエンド』は、2011年に有名フェスティバル「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」でプレミア上映されて話題をよび、その後、限られた上映ながらも世界各国で非常に高い評価を得たゲイ映画の秀作です。
英国インディペンデント映画賞、ロンドン映画批評家協会賞、ナッシュビル映画祭はじめ、各地でさまざまな賞を受賞しており、日本でも2012年の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭において目玉作品として上映されて感動をよびました。
オープンリー・ゲイで知られるイギリス人映画監督アンドリュー・ヘイの長編2作目です。
2023年には有名映画サイト「ザ・ハリウッド・リポーター」において、21世紀を代表する名作映画50選の1作に選ばれました。
アンドリュー・ヘイ監督について
アンドリュー・ヘイは、1973年3月7日生まれ、イギリスのノースヨークシャー・ハロゲイト出身です。リドリー・スコット監督のもとで『グラディエーター』などのアシスタント・エディターを務めたのち、2009年に『Greek Pete』で長編映画監督デビューを果たしました。
2作目となった本作『ウィークエンド』で世界的な注目を集めます。続いて、2015年に公開した3作目『さざなみ』がベルリン国際映画祭銀熊賞、2017年公開の『荒野にて』では主演のチャーリー・プラマーがヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞に輝くなど、名声を不動のものとしました。
映画ばかりか、サンフランシスコに生きるゲイたちの恋愛や日常を描いたドラマシリーズ『ルッキング』も大ヒットし、映画化もされています。
監督となってからの作品数は決して多くはないものの、今や押しも押されもせぬ英国を代表する映画監督の一人となりました。2021年には、コリン・ファレルを主演に迎えたBBCドラマシリーズ『The North Water』を発表、2023年には、山田太一の『異人たちとの夏』の2度目の映画化作品『異人たち』を発表し、高い評価を得ました。
私生活では作家のアンディ・モーウッドと同性婚を挙げています。
映画『ウィークエンド』のあらすじ<隠しページに結末ネタバレ>
<金曜日の夜>
ラッセルは16歳まで里親のもとで育った元孤児。里親一家のジェイミーとは、ゲイであることも知る兄弟のような関係です。
そんなジェイミー一家のホーム・パーティーに参加した帰り道、ラッセルは、相手を求めてゲイクラブにふらりと立ち寄ってしまいます。そこで出会ったアーティスト志望のグレンと、自身のアパートで一夜を過ごすことに……。
<土曜日>
ベッドの上でまどろみながら、アート作品として2人の会話を録音するグレン。互いの連絡先を交換し合い、グレンは去っていきますが、ラッセルは、プールのライフガードとして働きながらもグレンのことが気になって仕方がありません。仕事終わりに待ち合わせ、そのまま再びラッセルの部屋で過ごすことになるのでした。
互いに自分のことを語り合う中、実は、グレンがアメリカのポートランドに留学するため、翌日曜に旅立つという事実を知らされます。
その晩、町のパブで開かれたグレンの送別会にラッセルも招かれて参加しますが、2人は会を抜け出して遊園地で遊び、そのまままたラッセルのアパートで最後の夜を共にします。
<日曜日>
翌朝、夕方4時半の電車で旅立つと去っていくグレン。一方、ラッセルは、前から約束していたジェイミーの娘の誕生会に出席しますが、気持ちを察したジェイミーから今すぐ駅に行くべきだと背中を押され……。
駅のプラットフォームで、ラッセルは正直な気持ちを伝えます。普段は皮肉屋のグレンも思わず感情を露わにしますが、それを振り切るように電車に乗り込んでいくのでした。
ラッセルは、グレンから手渡されたプレゼントを手に、一人アパートに帰宅。それは、2人の会話を録音したカセットテープでした。
主人公の2人を演じるキャスト
①ラッセル/トム・カレン
ラッセルを演じたトム・カレンは、1985年7月17日生まれ、イギリスのウェールズ・アベリストウィス出身です。2009年に英国王立ウェールズ音楽演劇大学を卒業していますが、在学中から短編映画などに出演していました。
本作は初の大役で事実上の商業映画デビュー作にあたります。英国インディペンデント映画賞では新人俳優賞に選ばれました。
その後は世界的大ヒットドラマ『ダウントン・アビー』のアンソニー・ギリンガム役に抜擢されるなど、めざましい飛躍を遂げています。2019年には映画『Pink Wall』で監督デビューも果たしました。
私生活では、『Pink Wall』に主演したカナダ人女優のタチアナ・マスラニーと噂になったこともありますが、真偽は定かではなく、2021年現在独身です。
②グレン/クリス・ニュー
アーティストの卵、グレンを演じたクリス・ニューは、1981年8月17日生まれ、イギリスのウィルトシャー・スウィンドン出身です。2006年に英国王立演劇学校卒業と同時に、舞台『ベント』に出演し、非常に高い評価を得ました。
その後も舞台で目覚ましい活躍を続け、本作は初の映画出演作となりました。2013年には『Ticking』で監督デビューするなど、マルチに活動しています。
2006年にゲイであることを公表しましたが、『ベント』で共演したアラン・カミングに相談して、カミングアウトを決めたようです。2011年からグラフィック・デザイナーの一般男性と公的パートナーシップ関係にありましたが、2016年に破局しています。
3つの見どころ・トリビア
1.『ウィークエンド』の撮影・ロケ地
撮影は、そのまま物語の舞台ともなっているノッティンガムで行われました。2010年秋にクランクインし、16日間で撮影を終えたようです。
自然光を重視し、映画のために新たなセットを作るといったことも一切行いませんでした。
そんなありのままのノッティンガムの風景も本作の見どころの一つです。「ノッティンガム・グース・フェア」と呼ばれる毎年10月に開催される移動遊園地は有名で、2人がデートするシーンに登場します。
2.即興のセリフや動きを多用した映画作り
ラッセルを演じたトム・カレンはインタビューの中で、劇中のセリフや行動はほとんど即興のアドリブだったと明かしています。脚本はあったものの、役者もヘイ監督自身もそれにそのまま従うことはなかったようです。
シーンの撮影が始まると、その後どんな展開に進むのか全くわからなかった。(When we started each scene, we were never entirely sure where it would go.)
http://anthemmagazine.com/q-a-with-tom-cullen/
3.イタリアでは上映禁止に
2016年に公開されたイタリアでは、教会が「不適切」と判断したため、わずか10館での上映に限定されました。
イタリアにおいては、多くの映画館が教会によって所有されているためです。
『ウィークエンド』レビュー・感想
金曜日の夜、ゲイクラブで出会った行きずりの男。
週末を一緒に過ごし、濃密な時間を共有するうち、二人の間に特別な感情が生まれる。
ドキュメンタリーかと見紛うような、リアルで自然な二人を見ているうちに、他者と出会い、好きになり、それがさらに深い感情に変わっていくプロセスが、あまりにせつなくて、胸が苦しくなった。
ラッセルは、孤児として施設で育った経験から、本物の労わり合う愛を探し求めている。一方のグレンは、おそらく過去の手痛い失恋から、特定の恋人などいらないと思っている。
そんな不釣り合いな二人だが、心の奥深いところで求めているのは人との温かなつながりであることは間違いなく、そのコアな部分が触れ合ったとき、二人は恋に落ちる。
ゲイであるなら、どちらの感情にもどこかしら共感を覚えるにちがいない。
出会ったばかりの男を酔っぱらった勢いで家に連れ込むこと、翌朝の気恥ずかしさ、コーヒーだけ飲んで帰る後ろめたさと見送る寂しさ、戸惑いながらの連絡先の交換、かかってくる電話を待つ時間、せめぎあう期待と失望など、揺れ動く些細な感情を映し出したシーンの数々が、あまりにリアルで切ない。
とりわけ、帰るグレンの小さな後ろ姿を14階の部屋の窓からじっと眺めるラッセルの視線は、ゲイみんなの視線である。
こうやって何人の男の背中を見送ってきただろう、という思い……。
この映画、ストレートの人はどこまで共感しうるだろう、と考えたりもしたが、やはりゲイ特有の孤独感を知っているのとそうでないのとでは、随分感じ方は違ってくるだろうと思う。
グレンは既に家族にカミングアウトしているが、家族のいないラッセルには、当然経験がない。
最後の朝、ベッドの上で「じゃあ、俺を父親だと思って、カミングアウトしてみろ」とグレンが言う。
ラッセルの真面目な告白に対し、父親のふりをしたグレンが返すセリフが胸を打つ。
「お父さんは気にしない。初めて月に着陸した男よりも、むしろ今のお前を誇らしく思う」
まさしく、ゲイが、生涯で最も聞きたい言葉の一つであろう。
アメリカに旅立つグレンを、駅まで見送るラッセル。互いに本心を見せあうが、この後、2人がどうなるのかは全くわからない。はっきりしているのは、この週末の間に、ラッセルもグレンも人として大きく変わったこと……。
結末は決してハーピーエンドではない。少なくとも、現実はそううまくは進まないことを、2人も、観てている我々もみな知っている。寂しく、ゆえに愛おしい瞬間である。
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