アンドリュー・ヘイ監督が、初老を迎えた一組の夫婦の微妙な心の揺れとずれを描いた、2015年のイギリス映画『さざなみ』(原題:45 years)。
ベルリン国際映画祭において銀熊賞および主演女優・主演男優のW受賞など、世界各国の映画祭で高い評価を得た傑作です。
本記事では、そんな映画『さざなみ』のあらすじ・キャストなど作品情報、さらに解説と感想を交えた見どころに迫りたいと思います。
シャーロット・ランプリングが揺れる老妻を演じる『さざなみ』
あらすじ
45年連れ添ったケイトとジェフ。子供はいないものの、豊かな自然に囲まれた瀟洒な一軒家で、愛犬とともに穏やかな余生を送る老夫婦です。
ところが、大々的な結婚記念パーティーを週末に控えたある日、一通の手紙がジェフのもとに届きます。山で遭難した元恋人の遺体が、50年ぶりに発見されたと……。
それをきっかけに、ジェフは、元恋人との思い出に執拗なほど浸るようになり、かたやケイトは、そんな夫に不信感を抱き、自分の知らない、しかももはや存在すらしない女に対する嫉妬を募らせていくのでした。
アンドリュー・ヘイ監督について
メガホンをとったアンドリュー・ヘイ監督は、1973年3月7日生まれ、イギリス・ノース・ヨークシャー出身。2009年に『Greek Pete』で長編映画監督デビュー後、2作目の『ウィークエンド』が数々の映画賞を受賞し、世界的に広く知られるようになりました。
本作『さざなみ』に続き、2017年に発表した4作目『荒野にて』もヴェネツィア映画祭で高い評価を得るなど、今最も注目されている若手映画監督の一人です。
オープンリー・ゲイであり、先の『ウィークエンド』のほか、ドラマ『ルッキング』、山田太一原作の2度目の映画化『異人たち』などゲイを題材に作品も少なくありません。
主要登場人物/キャストの2人紹介
①ケイト・マーサー/シャーロット・ランプリング
揺れ動く妻のケイトを見事に演じ、世界各国の映画祭で主演女優賞を席捲したのがシャーロット・ランプリングです。
1946年2月5日 、イギリス・エセックス州出身。モデルとしてキャリアをスタートさせたのち、1965年の映画『ナック』でデビューを果たしました。1974年のイタリア映画『愛の嵐』で演じた鮮烈なヒロイン役で、一躍世界的に有名に。
美しく年を重ね、成熟した女優として、2000年代に入って『スイミング・プール』や『わたしを離さないで』など、話題作に立て続けに出演し、その活躍はめざましいばかりです。
私生活では、1972年にニュージーランド人俳優のブライアン・サウルコムと結婚し、一男をもうけますが1976年に離婚。1978年に作曲家のジャン・ミッシェル・ジャールと再婚し、次男をもうけましたが、こちらも夫の浮気が原因で1996年に破局(正式離婚は2002年)しました。
1998年より、フランス人ジャーナリスト兼ビジネスマンのジャン・ノエル・タッセと交際していましたが、2015年に死別しています。
②ジェフ・マーサー/トム・コートネイ
複雑な心持の妻に対し、多少鈍感にもうつる夫ジェフを、イギリスを代表する名優トム・コートネイが演じています。
1937年2月25日 、イギリス・ヨークシャー州出身。名門王立演劇学校で学び、1960年に舞台『かもめ』で俳優デビューを果たしました。その後も数々の舞台を踏み、2001年にはナイトの称号を授与されています。
映画では『長距離ランナーの孤独』や『ドクトル・ジバゴ』などのほか、1983年の『ドレッサー』ではゴールデングローブ賞主演男優賞に輝きました。
私生活では、1973年に女優のシェリル・ケネディーと結婚しましたが、1982年に離婚。1988年に舞台関係者の女性と再婚しました。
『さざなみ』の解説・感想レビュー(ネタバレあり)
ゲイの青年二人のつかの間のふれあいを描いた『ウィークエンド』が秀作だったアンドリュー・ヘイ監督の『さざなみ』。
うって変わって本作の主人公は、45年連れ添っている老夫婦のケイトとジェフである。たった一通の手紙がきっかけで、平穏だった日常が、見えないところで軋み始める。
夫は、感情のおもむくまま、一人思い出に浸り、妻の気持ちなど思いも寄らない。ようやく妻が苛立っていると気付くや、まるで子供のようにご機嫌取りに出る。
妻は、理性ではわかっていても、存在しない女に、湧き起こる嫉妬心の行き場がない。そんな自分を持て余し、ささいなことに神経をすり減らす。
ベッドの上で眠りにつく前、妻は夫に問いかける。
「もし彼女が死んでいなければ、結婚していたか」と……。
すると、ジェフはすんなり「していた」と答えてしまうのである。
『ウィークエンド』でもそうだったが、2人がベッドで会話するシーンは、アンドリュー・ヘイ監督の最も好むシチュエーションかもしれない。
大勢の招待客に祝福された結婚記念パーティーで、ジェフは妻への愛と感謝の気持ちを感動的にスピーチし、思い出の曲にあわせてダンスに誘う。昨日まで元恋人の思い出に囚われていたことなどすっかり忘れている。かたやケイトの方は、表向き穏やかに微笑みながらも、ときおり、背筋が凍るような冷ややかな表情を見せる。
45年連れ添っても、結局男と女は、こんなにも違うものなのか。
それでいて、片方の気持ちだけに肩入れしないのは、おそらくヘイ監督がゲイであることと無関係ではないだろう。
ケイトの中では、もはや修復できないほど、何かが完全に壊れてしまっていることはほとんど間違いない。「これからも宜しく頼む」と涙ぐみながら語る夫の願いとは裏腹に、もしかして2人の関係は、この後まもなく破綻するのではないか、という不安すらよぎる。
『ウィークエンド』でも感じた、ある種の虚無感が、ヘイ監督の根底には流れているようだ。
シャーロット・ランプリングとトム・コートネイが、揃って、第65回ベルリン国際映画祭で主演男優賞と主演女優賞を受賞。とりわけ、老いてなおいっそう知的に美しく輝くシャーロット・ランプリングという女優の存在は、映画界の宝である。
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