ゲイリー・オールドマンとレナ・オリンが主演したアメリカ・イギリス合作映画『蜘蛛女』は、B級映画ながら、フィルムノワールの隠れた秀作としてカルト的人気を誇る作品です。
本記事では、同作のあらすじやキャストなど概要、知られざる裏話・トリビアを紹介したあと、個人的感想を交えてレビューしたいと思います。
知られざるフィルムノワールの秀作映画『蜘蛛女』
『蜘蛛女』は、1993年にトロント国際映画祭でプレミア上映されて賛否両論巻き起こしたのち、1994年に全米および日本でも公開された犯罪スリラー映画です。
悪徳刑事ジャックと女殺し屋モナの微妙な心理的駆け引きと壮絶な破滅への道を描くサスペンスですが、ジャックの物悲しいモノローグが軸となっており、哀愁や破滅感が全編に漂うフィルムノワールの作品でもあります。
主要キャストたちの鬼気迫る演技は高い評価を得たものの、少々過剰な演出や展開が批評家筋を中心に賛否両論まきおこしましたが、公開から時間が過ぎるに従い一部でカルト的人気を増し、今やB級映画の秀作として知られています。
『蜘蛛女』の主要キャスト5人<キャリア/その後/私生活>
①ジャック/ゲイリー・オールドマン
マフィアから賄賂をもらって蓄財する、好色な悪徳刑事ジャックを演じたゲイリー・オールドマン。
1958年3月21日、ロンドン生まれ。1982年に映画デビューした後、1986年の『シド・アンド・ナンシー』で注目されます。その後は、『JFK』『ドラキュラ』『レオン』と立て続けに大作・話題に出演し、性格派俳優としての地位を築いていた時期に出演したのも本作です。
今や、英国を代表する名優となり、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』では、アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。2025年には「ナイト」の称号を授与されています。
私生活では、女優のレスリー・マンヴィル、ユマ・サーマンはじめ5人の女性と結婚歴があるほか、イザベラ・ロッセリーニらとの交際歴もあり、子供は合わせて3人います。
②モナ/レナ・オリン
映画史に残ると言われるほどの悪女である女殺し屋モナを演じたのはレナ・オリン。
1955年3月22日、スウェーデンのストックホルムで、両親とも俳優の芸能一家に生まれました。母国での舞台、映画出演を経て、1988年の『存在の耐えられない軽さ』で国際的なデビューを果たし、一躍名声を得ます。その後の代表的な出演作には、『敵、ある愛の物語』『ハバナ』『ショコラ』『愛を読むひと』などがあります。
私生活では、スウェーデン人俳優オルヤン・ローンバリと交際し、1986年に長男をもうけますが破局。1994年にスウェーデン人映画監督ラッセ・ハルストレムと結婚し、翌年に長女をもうけました。現在はニューヨーク在住です。
③シェリー/ジュリエット・ルイス
ジャックの若き愛人シェリーを演じていたのはジュリエット・ルイス。
1973年6月21日、ロサンゼルス生まれで、父は俳優のジェフリー・ルイスです。子役としてキャリアをスタートさせ、1991年の『ケープ・フィアー』でいきなりアカデミー賞助演女優賞候補となるなど、注目を集めました。
以後、独特の存在感を持つ実力派として様々な作品に出演しており、主な代表的作品に、映画『ギルバート・グレイプ』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』『8月の家族たち』、ドラマ『THE FIRM ザ・ファーム 法律事務所』『ある家族の肖像/アイ・ノウ・ディス・マッチ・イズ・トゥルー』などがあります。
若いころは、飲酒やドラッグ依存などの問題児として知られました。サイエントロジーの家に生まれ、ながらく信者を公言していましたが、2020年代に入って、次第に距離を置き始めたようです。1999年にスケートボーダーのスティーブ・ベラと結婚しましたが、2003年に離婚しています。子供はいません。
④ナタリー/アナベラ・シオラ
ジャックの愛妻ナタリーを演じたのはアナベラ・シオラ。
1960年3月29日、ニューヨークのブルックリンに暮らすイタリア系移民の一家に生まれました。1988年に女優デビューの後、翌年の映画『トゥルー・ラブ』のドナ役で注目されます。その後はバイプレーヤーとして映画・ドラマに出演を続けており、主な作品に、映画『ハード・ウェイ』『ジャングル・フィーバー』『ゆりかごを揺らす手』、ドラマ『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』『LAW & ORDER:犯罪心理捜査班』などがあります。
私生活では、1989年に俳優のジョー・ペトルッジと結婚しましたが、1993年に離婚。2004年から2007年まで俳優のボビー・カナヴェイルと交際していました。2017年に明らかになったハーヴィー・ワインスタインによる性被害をもとにしたMeToo運動の主導者の一人でもあります。
⑤ドン・ファルコーネ/ロイ・シャイダー
モナをもてあますマフィアのボスであるファルコーネを演じたのは名優ロイ・シャイダー。
1932年11月10日、ニュージャージーに生まれ、1964年に映画デビュー。70年代に入ると、『コールガール』、アカデミー賞助演男優賞候補となった『フレンチ・コネクション』、『恐怖の報酬』、世界的に大ヒットした『ジョーズ』、アカデミー賞主演男優賞候補になった『オール・ザット・ジャズ』などに主演し、名優の地位を確立しました。
2004年に多発性骨髄腫を発症。2008年2月10日、75歳で死去しました。遺作は、2010年公開のスリラー映画『Iron Cross』(のちに『Beautiful Blue Eyes』に改題。日本未公開)です。私生活では、2度の結婚で子供は養女一人を入れて3人います。息子のクリスチャン・シャイダーも俳優です。
『蜘蛛女』のあらすじ
巡査部長のジャックは、マフィアに内通し、情報を流すことで賄賂を得る悪徳刑事。愛する妻ナタリーがいながら、ウェイトレスの若い愛人シェリーもいる好色ぶりで、同僚から「ロメオ」と揶揄されるほど……。
ある日、ロシア系の残忍な女殺し屋モナを護送することになります。モナは、マフィアのボスであるドン・ファルコーネですら手を焼く恐ろしい女であり、まんまとFBIから逃走。
マフィアからモナの始末を指示されたジャック。しかしそれどころか、狡猾なモナに翻弄され、罠にはまり、血で血を見る壮絶な破滅の道に引きずりこまれるのでした。
『蜘蛛女』の撮影裏話・トリビア5選
①『蜘蛛女』の原題「Romeo Is Bleeding」の意味
少々意味不明で無理のある邦題『蜘蛛女』に対し、原題は『ロメオ・イズ・ブリーディング(Romeo Is Bleeding)』(直訳:ロメオが血を流す)です。トム・ウェイツの曲からとったもので、好色な主人公のあだ名が「ロメオ」であり、彼の無様な生きざまを象徴しているとも言えます。
②壮絶な車内のバトルシーンはスタントなし
劇中の見せ場の一つでもある運転席のジャックと、後部座席のモナがすさまじいバトルを繰り広げるシーンですが、実はスタントではなく本人が演じています。
スタントウーマンとして準備していたジャネット・パパラッツォがリハーサルをしているのをみたレナ・オリンが、監督に自分がやりたいと直談判。監督が了承し、車内でのバトルから滑稽極まる逃走シーンまで、レナ・オリン自身が演じました。
オリンは後に振り返って、「意外と楽しかった。普段は怖がりなので絶対にあんなことをやらないのだけれど」とコメントしています。
③モナ役のキャスティング
モナはロシア系の殺し屋ですが、もともとはニューヨークに住むイタリア系の設定でした。そこで当初、モナ役の第一候補だったのが、エレン・バーキン。しかし、実生活で妊娠が発覚したため降板し、設定を変えてレナ・オリンに白羽の矢が立ったのです。
④ジャック役のキャスティング
当初、ジャック役としてニコラス・ケイジとマイケル・キートンの名前が挙がっていましたが、両者とも辞退。
その後、アル・パチーノ、アレック・ボールドウィンの名が挙がり、両者ともそれぞれ興味を示してはいたようですが、最終的に実現せず、ゲイリー・オールドマンに決まったようです。
⑤モナはジャックに惚れていた?!
モナを演じたレナ・オリンはのちに雑誌のインタビューで、「モナは実はジャックのことを愛していたと思う」と発言しています。にもかかわらず映画のクライマックスで正反対のことを言うのは、あえてジャックを怒らせるためだったのだろうと、続けました。
確かにそう考えると、二人の微妙な関係が実に重層的に見えてきます。
映画『蜘蛛女』の感想レビュー・名言
1993年公開の『蜘蛛女』は、なかなか魅せるB級映画である。
狂気の悪女、モナを演じたレナ・オリンは、『危険な情事』のグレン・クローズ、『ミザリー』のキャシー・ベイツに匹敵する怪演ぶりだ。猟奇性と滑稽さにおいては、一枚上を行くかもしれない。
自動車の中での死闘、その後、ハイヒールを脱ぎ捨て、がに股で逃げ去るモナの凄まじい姿は、一見の価値がある。
とは言っても、主人公はあくまでゲイリー・オールドマン演じるジャック。
片田舎で寂れたダイナーを営む一人の男の、懺悔と悔恨に満ちた回想のドラマだ。
ジャックは、マフィアに情報を流し、その報酬で私腹を肥やしていた悪徳刑事だった。愛する妻がいながら、若い愛人もいて、なかなかに要領のいい享楽的な日々。ところが、モナという凶悪な女に関わったことから、血みどろの道に踏み込んでいく。
終盤、壮絶な死闘をなんとか生き延びたあと、束の間の平穏の中で、ジャックはこう思う。
「本当に経験する地獄は、空想の物とは違う。
業火や硫黄、悪魔などは空想の産物だ。
何が地獄か……。
肝心なことを見失っている時こそが、地獄だ」
彼の場合、肝心なこととは、愛する妻が自分の側にいてくれるということである。
モナの狂気ぶりばかりに圧倒されてしまうが、ジャックの物悲しい孤独と悲哀こそが、実は、この映画の肝だ。
妻と別れるとき、ジャックは涙を堪え切れない。
「愛が不安と背中あわせなのは、求めても与えられるとは限らないからだ」
妻を失ってからの時間の方が、彼にとっての本当の地獄なのである。


