『プリティ・ウーマン』その後・もう一つの結末と裏話10選

プリティ・ウーマン 映画

1990年に公開されるや、世界的大ヒット作となったロマンチック・コメディの傑作『プリティ・ウーマン』。

本記事では、映画に出演した主要登場人物5人のその後と現在にくわえ、知られざるもう一つの結末を含む裏話を10選、ご紹介します!

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ラブコメ映画の金字塔『プリティ・ウーマン』

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ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
プリティ・ウーマン

『プリティ・ウーマン』は、ヒロインを演じたジュリア・ロバーツを、一夜にして世界的大スターに押し上げたばかりか、90年代に公開された全映画の中で興行収入第3位、これまで製作されたロマンチック・コメディ(ラブコメ)映画の中で歴代1位、という記録的な大ヒット作となりました。

メガホンをとったのは、『ハッピーデイズ』など多くの人気シットコム・ドラマを生み出し、その後映画界入りしたゲイリー・マーシャル。俳優の顔も持っていますが、監督作には本作のほか、『フォーエバー・フレンズ』『プリティ・プリンセス』『ニューイヤーズ・イヴ』などがあります。

ディズニーの子会社であるタッチストーン・ピクチャーズ社が製作を手掛けました。

主要登場人物/キャスト5人のその後と現在

①エドワード・ルイス/リチャード・ギア

『アメリカン・ジゴロ』や『愛と青春の旅立ち』ですでに人気スターだったリチャード・ギアは最初からエドワード役の第一候補でした。なかなかイエスと言わなかったギアが、受託に至った経緯については、下記の裏話の中でくわしく紹介しています。

リチャード・ギアは、その後も2002年に『シカゴ』でゴールデングローブ賞主演男優賞に輝くなど、ハリウッドを代表する大スターとして君臨しています。しかしここ最近、目立った大作への出演がないのは、ダライ・ラマを支援し、中国共産党のチベット弾圧を激しく非難していることを理由に、中国資本がハリウッドに圧力をくわえているため、と一部でささやかれています。

プライベートでは、2018年に33歳年下のスペイン人モデルと3度目の結婚をし、二人の息子をもうけています(2度目の結婚で一男がいるため、子供は3人)。

②ビビアン・ワード/ジュリア・ロバーツ

プロデューサーが、映画『ミスティック・ピザ』に出演していた姿を気に入り、当初からビビアン役に押していたのがジュリア・ロバーツでした。

既述のとおり、ジュリア・ロバーツは、本作でゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞し、一躍スターダムを駆け上ります。2000年には『エリン・ブロコビッチ』でアカデミー主演女優賞など数々の賞を独占し、名実ともに大スターの地位を不動のものとしました。

ゲイリー・マーシャル監督のお気に入りとなって合計4作品に出演しているほか、『ノッティングヒルの恋人』『オーシャンズ11』『食べて、祈って、恋をして』など多数のヒット作があります。

プライベートでは、2002年にカメラマンのダニエル・モダーと再婚し、2004年に双子の男女、2007年に次男を出産しています。また2010年には、ヒンドゥー教に改宗したことを公表しました。

③フィリップ・スタッキー/ジェイソン・アレクサンダー

映画がクランクインしてもまだキャストが決まっていなかったのが弁護士のスタッキー役です。ミュージカル俳優として活躍していたジェイソン・アレクサンダーが、一時は身長が低すぎるという理由で不可となったのを跳ね返し、抜擢されました。

本作と時を同じくしてスタートした国民的ヒットドラマ『となりのサインフェルド』で、一躍人気スターの地位を築きます。リチャード・ギアとはプライベートでも親交があり、映画『HACHI 約束の犬』でも再共演しました。

1982年に結婚し、二男の父です。

④キット・デ・ルカ/ローラ・サン・ジャコモ

ビビアンの娼婦仲間キットを演じたローラ・サン・ジャコモは、1989年の映画『セックスと嘘とビデオテープ』で数々の賞に輝いたとおり、本作でも強い存在感を残す演技で高い評価を得ました。

一度目の結婚でもうけた一人息子が小児麻痺を患っていたため、女優業を一時休止したりしましたが、その後も映画とテレビドラマの両方で、演技派ぶりを発揮しています。

2000年に俳優のマット・アドラーと再婚しました。

⑤バーニー・トンプソン/ヘクター・エリゾンド

名バイプレーヤーとして活躍していたヘクター・エリゾンドが、心優しいホテルの支配人バーニーを演じました。

本作の前から、『潮風のいたずら』や『フォーエバー・フレンズ』などでゲイリー・マーシャル監督のお気に入りであり、その後も多くの作品の常連俳優として活躍しました。

本作でゴールデングローブ賞の助演男優賞にノミネートされたほか、1997年には人気テレビドラマ『シカゴ・ホープ』でエミー賞助演男優賞を受賞しています。声優としても高く評価されており、最近の作品では『レゴバットマン ザ・ムービー』や『スター・ウォーズ: バッド・バッチ』などがあります。

プライベートでは、女優のキャロリー・キャンベルと3度目の結婚。最初の結婚でもうけた一人息子がいましたが、2017年に60歳の若さで喪っています。



『プリティ・ウーマン』の知られざる結末と裏話10選

映画のポスターは合成であり、顔だけがジュリア・ロバーツ、体はボディダブル女優のシェリー・ミッシェルのものであることなどは有名なトリビアですが、ここではその他の知られざる10の裏話をご紹介します。

1.もともとのタイトルは違った!

映画のタイトルはもともと『Three Thousand』(3000)でした。つまり、エドワードがビビアンに支払う報酬の金額です。しかし、SF映画のようだと不評だったため、クランクアップ後、タッチストーン社幹部の意見で『プリティ・ウーマン』に変更されました。

映画の中で使用されたロイ・オービソンの同名ソングからとったものですが、それでも周囲のスタッフやキャストたちからは不評でした。そのため、映画は、お蔵入りするかビデオスルーになるものと信じこんでいた人も多かったようです。

ちなみに、『プリティ・ウーマン』の歌ですが、タッチストーン側はロイ・オービソンではなく、ヴァン・ヘイレンが歌ったバージョンを希望していましたが、著作権の問題で実現しませんでした。

2.難航したキャスティング

当時、ジュリア・ロバーツはまだトップクラスの女優ではなかったため、ディズニーの要請により、多くのスター女優が候補にあがり、実際にオーディションが行われました。ドリュー・バルモア、ウィノナ・ライダーは若すぎるという理由で却下、有力だったダイアン・レインはスケジュールの調整がつかず断念、同じく有力だったモリー・リングウォルドは、娼婦の設定に難色を示して辞退しました。

そうこうしているうちに、保留にしていたジュリア・ロバーツが他の作品に抜擢されそうになり、慌てて契約を急いだというのが真相です。

エドワード役は、第一候補だったリチャード・ギアに断られたため、こちらもさまざまな俳優が候補になりました。ジョン・トラボルタ、バート・レイノルズのほか、アル・パチーノはジュリア・ロバーツとスクリーンテストまで受けたのちに辞退。有力だったクリストファー・リーブは、スクリーンテストの際、ジュリア・ロバーツ不在で下手なスタッフが代役を務めたことに激怒し、辞退に至りました。

ちなみに、タッチストーン側は、ショーン・コネリーとメグ・ライアンのコンビを希望していました。

3.リチャード・ギアが出演をOKしたきっかけ

上で述べたとおり、リチャード・ギアはエドワード役をオファーされて一度は断っていました。しかし何度も説得され、ジュリア・ロバーツと一対一で面会する機会が持たれることになります。

そこに、ゲイリー・マーシャル監督が電話で探りを入れて返答をせまったとき、ジュリア・ロバーツはポストイットに「please say yes」(お願いだからイエスと言って)と書いて差し出し、OKと返事するに至ったのです。

もともとエドワードのキャラクターは自己中で嫌な男でした。リライトされて、別の人物像が出来上がっていたのもOKした理由の一つのようです。

4.ビビアンが着るファッションの数々

劇中、少しずつ変わっていくビビアンが着用する衣装やドレスのほとんどは、有名ブランドのものではなく、衣装デザイナーのマリリン・ヴァンスがオーダーメイドで用意しました。(ディナーのため着用する黒のレースのドレスはGucci)。

例えば、娼婦としてストリートに立つビビアンが着ている赤いジャケットは、露店で、わずか30ドルで購入したものをリメイクしたもの。競馬のときの水玉のワンピースは、さまざまな生地店を探し回ってようやく見つけた生地であり、在庫もなく、帽子のリボンをつくるまでがギリギリだったとか……。

オペラのときに着用する赤のドレスですが、制作幹部側は黒のドレスにすべきだと主張していたところ、あまりにありきたりだと赤を選んで大成功しました。

ただ、赤いドレスとともに身につけたジュエリーのみ、仏ブランド「フレッド」の25万ドルのネックレスだったため、セキュリティの人間が撮影中待機していました。

5.撮影ロケ地はどこ?

大手のタッチストーン社が製作したため、撮影に関わる経費は比較的潤沢でした。

多くがハリウッドやビバリーヒルズ、ロデオ・ドライブなど、ロサンゼルス市内で実際に撮影。

エスカルゴを食べるレストランは、有名な「REX」(現在は名前を変更して「Cicada」)、「ビバリーウィルシャーホテル」のロビーは、実は「アンバサダーホテル」(2005年に取り壊され、現在は学校)で撮影されました。



6.ゲイリー・マーシャル監督による撮影方法

コメディドラマのヒットメーカーとしてはすでに有名だったゲイリー・マーシャル監督は、あまり脚本に従わず、どのシーンにおいても、コミカルなパターン、真面目なパターン、役者の好きなようにやらせるパターンなど、数タイプの演技を求めるなど、すべて即興的な手法で撮影しました。

そのため、俳優たちは最終的にどんな風に完成するのか、まったくわからないまま演技をしていたようです。

そうした現場独特の雰囲気から、例えば、ジュエリーボックスの蓋を突然締めるというリチャード・ギアによる有名なアドリブシーンなどが生まれたのです。

7.映画『バレンタインデー』で本作のパロディ

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ゲイリー・マーシャル監督が手掛けた2010年の群像劇映画『バレンタインデー』。

ジュリア・ロバーツもキャストの一人に名を連ねていますが、その中で、ロサンゼルスのロデオ・ドライブを通り過ぎるシーンがあります。

リムジンに乗っているジュリア・ロバーツが、運転手から、ここが有名なロデオ・ドライブであり、買い物したことがあるかと問われ、「一度あるわ、昔、最悪の思い出(Big Mistake!Huge)」と答えるのは、言うまでもなく本作のセリフをそのまま使ったパロディです。

このシーンは実際に使われることはありませんでしたが、エンディングに流れる未公開NG集で見ることができます。必見です!

8.ジュリア・ロバーツの入浴シーンにおけるハプニング

ビビアンが、プリンスの「キッス」を歌いながら、バブルバスに入る有名なシーン。ご機嫌になって、湯の中に潜り込んでしまいますが、そのとき、ゲイリー・マーシャルとリチャード・ギアらはドッキリを仕掛けました。

湯の中に沈んだ瞬間、カメラだけを置いて全スタッフが一斉退去。ジュリア・ロバーツが不信に思ってお湯から顔を出すと、その場に誰もいなくなっていたのでした。

またこのシーンでは、たくさんのバブルのため、ジュリア・ロバーツの髪の赤色が溶け出してしまい、その晩、再び染め直さなければならなくなりました。

9.実話から生まれたストーリー

脚本を執筆したJ.F.ロートンは、かつて物語の舞台となっているハリウッド大通りに住み、街に立つ娼婦たちと交流がありました。

近所にあった24時間営業のドーナツ店で話をしていたとき、ある娼婦から、大富豪が一人の娼婦を一週間の契約でラスベガスに連れていって豪遊し、その後、あっさり去っていったという話を聞いたのです。

この実話が『プリティ・ウーマン』の物語の原案となりました。つまり、ビビアンとエドワードにはモデルとなった実在の人物がいるのです!

10.映画とは違う、オリジナルの結末とは?

ハッピーエンドである映画の結末とは違い、J.F.ロートンが書いたオリジナルのストーリーは、薬物が絡む、より暗くヘビーな内容でした。そのため、本当の結末はビビアンが薬の過剰摂取で死ぬなど、さまざまな都市伝説が流れましたが、事実は違います。

オリジナルの結末は以下の通りでした。

エドワードとビビアンが、出会った場所に車で戻ってきます。しかし、車内で二人は喧嘩し、エドワードは怒って泣き出したビビアンを車から引きずり下ろします。そして封筒に入った3000ドルを渡そうとしますが、ビビアンは頑なに受け取らず、仕方なく歩道に置いて走り去ります。

ビビアンが、お金を車に向かって放り投げたため、札束が周囲に散らばることに……。ホームレスなどがいる物騒な地域だったため、仕方なくお札をかき集めます。

落ち込んだビビアンが、このお金を手に、キットと一緒にディズニーランドに向かうバスに乗るところで終わる予定でした。

ディズニーの子会社であるタッチストーン社が、物語の暗い結末と同時に、自社の名前が出てくることを嫌がったのです。



『プリティ・ウーマン』25周年で主要キャスト再集結!

2015年には、NBCのテレビ番組「TODAY」の中で、リチャード・ギア、ジュリア・ロバーツ、ローラ・サン・ジャコモ、ヘクター・エリゾンドの4人とゲイリー・マーシャル監督が25年ぶりに再集結し、当時の思い出話を繰り広げました。

また2018年にはミュージカルとしてよみがえり、ブロードウェイで上演されたほか、2023年現在も世界各国を巡回しています。

残念ながら、ゲイリー・マーシャル監督は、2016年7月19日に81歳で他界しましたが、病院では親族に交じってジュリア・ロバーツの姿もあったようです。

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