『黒蜥蜴』映画/ドラマ/舞台版の比較・あらすじ・演じた女優一覧(美輪明宏)

黒蜥蜴 ドラマ

大正から昭和にかけて活躍した推理作家・江戸川乱歩が、1934年(昭和9年)、月刊誌に連載した探偵小説が『黒蜥蜴』です。

「黒蜥蜴」とは、名探偵である明智小五郎が対決する謎めいた美貌の女賊の名前。これまで複数回におよぶ映画化、ドラマ化、舞台化などがなされ、当たり役ともいえる美輪明宏に加え、「黒蜥蜴」を演じた女優たちの数も多数におよびます。

本記事では、原作者である江戸川乱歩について簡単に紹介したあと、『黒蜥蜴』の小説版と戯曲版について、また、最も有名な1968年版映画を中心にした様々な映像化作品について、最後に「黒蜥蜴」を演じた女優たちを一覧にしてまとめました。

スポンサーリンク

『黒蜥蜴』の作者として、しばしば混同されがちなのが、江戸川乱歩と三島由紀夫です。

1934年に発表された長編探偵小説『黒蜥蜴』を執筆したのは、あくまでも江戸川乱歩であり、それから30年近く時が過ぎた1961年、同小説を原作に戯曲化したのが三島由紀夫です。ただ、数ある舞台版は言うまでもなく、二度にわたる映画版も実は三島の戯曲を原作としている点で、少々混同しやすいのかもしれません。

また三島由紀夫以外にも、橋本治、齋藤雅文など複数の劇作家らの手による戯曲も存在しますが、それらは一度ずつ上演されただけで、さすが世界の文豪・三島の書いたものには遠く及びません。

大もととなる長編探偵小説『黒蜥蜴』を執筆した江戸川乱歩について、ご紹介しましょう。

江戸川乱歩こと本名・平井太郎は、1894年(明治27年)10月21日、三重県名賀郡名張町(現在の名張市)の武士の家に生まれました。小学生の頃から推理・探偵小説に親しみ、早稲田大学政治経済学科在学中、処女作『火縄銃』を日記内で執筆したようです。

卒業後は様々な職を転々としたのち、1923年(大正12年)、『二銭銅貨』が雑誌『新青年』に掲載されて作家デビュー。その後、『D坂の殺人事件』など本格推理小説はもちろん、『人間椅子』などに代表される、フェティシズムやサディズム、男色や女装、怪奇性、通俗性などに彩られた独特の推理・探偵小説が広く大衆受けし、人気作家としての地位を確立しました。

晩年は、評論活動や探偵小説誌『宝石』の編集長も務め、高木彬光、星新一、筒井康隆ら新しい才能の発掘、日本探偵作家クラブの創立、今日まで続く江戸川乱歩賞の制定など、後身の育成にも尽力しました。1965年(昭和40年)7月28日、くも膜下出血により70歳で死去しています。

家族関係では、デビュー前の1919年、勤め先だった三重県鳥羽で知り合った小学校教師の村山隆子と結婚。1921年に一人息子の隆太郎をもうけました。また、そのころ知り合ったのが岩田準一。美青年で男色の研究家でもあった岩田と親交を結び、1929年に発表した『孤島の鬼』に登場する美青年・蓑浦金之助のモデルは岩田だと言われているほか、二人には単なる同志以上の関係があったのではないかとの説もあります。



美貌の女怪盗・黒蜥蜴は、宝石商・岩瀬庄兵衛の娘・早苗を誘拐し、宝石「エジプトの星」を奪おうと企てます。

名探偵・明智小五郎が警護にあたりますが、黒蜥蜴は巧妙な変装や「人間椅子」のトリックで早苗の誘拐に成功し、通天閣で宝石を受け取った後、早苗を連れて東京のアジトへ戻るのでした。

しかし、黒蜥蜴が幾度も出し抜いたと思われた明智は、変装や替え玉を駆使して密かに一味へ潜入。早苗を救出するとともに、黒蜥蜴の計画を打ち砕きます。追い詰められた黒蜥蜴は、明智への秘めた愛を胸に毒をあおり、息を引き取ります。

最も大きな違いとして、三島版では、黒蜥蜴と明智の恋愛感情が大きくクローズアップされています。乱歩の小説版でも黒蜥蜴は明智に特別な感情を抱いていますが、それは物語の終盤で明らかになる程度です。一方、三島版では二人の駆け引きそのものが一種の恋愛劇として描かれます。敵同士でありながら互いに惹かれ合う関係が作品の中心となり、犯罪事件よりも心理劇としての色彩が濃くなっています。

黒蜥蜴の人物像に関しても、乱歩版では、怪盗としての大胆さや変装術、犯罪計画の巧妙さが目立ちます。三島版ではそれに加えて、美しいものだけを愛する美学、老いや醜さを拒絶する思想、最高の美のまま終わりたいという生き方が強調され、悲劇的なヒロインとしての魅力が深められています。

三島版で描かれる黒蜥蜴の死は「愛と美の完成」として演出され、犯罪小説というよりも悲恋劇・耽美劇として締めくくられます。黒蜥蜴を単なる悪役ではなく、美に殉じる悲劇の主人公へと押し上げた点が、三島版最大の特徴です。

また細部でいうと、小説では通天閣になっていた宝石の受け渡し場所が、三島版では東京タワーに変更されています。乱歩の小説は1934年の作品であり、当時はもちろん東京タワーはまだ存在していませんでした。

ぜひ、一度両作品の読み比べをおすすめします。

江戸川乱歩著『黒蜥蜴』はこちら↓

三島由紀夫著『黒蜥蜴』はこちら↓



2026年7月現在、『黒蜥蜴』は、これまで2度の映画化、9度のテレビドラマ化、主なものだけでも20回を超える舞台化がなされてきました。

他にもオペラ化、ラジオドラマ化、漫画化もそれぞれ複数回なされています。

■映画化

公開年製作黒蜥蜴役明智小五郎役
1962大映京マチ子大木実
1968松竹丸山明宏木村功

1962年の大映版は、ミュージカル形式をとっており、主題歌・挿入歌の作詞を三島由紀夫が担当しました。

1962年版もデジタル修復されたブルーレイが発売されています。↓

■テレビドラマ化

放送年製作放送枠/番組名黒蜥蜴役明智小五郎役
1970東京12ch江戸川乱歩シリーズ野川由美子滝俊介
1972NHK明智探偵事務所倍賞美津子夏木陽介
1979テレビ朝日土曜ワイド劇場小川真由美天知茂
1990TBS水曜ロードショー島田陽子小野寺昭
1993TBS月曜ドラマスペシャル岩下志麻伊武雅刀
2004日本テレビ乱歩R松坂慶子藤井隆
2015フジ/関西ドラマスペシャル真矢ミキ渡部篤郎
2019NHK BS特集ドラマりょう永山絢斗
2024BS TBS名探偵・明智小五郎黒木瞳船越英一郎

この中でも特に評価の高かったのが、小川真由美が黒蜥蜴を演じた1979年版ドラマです。「土曜ワイド劇場」枠で長きに渡って放送された「江戸川乱歩の美女シリーズ」第8作目でした。小川真由美の演技は高く評価され、下記の通り、その後1982年の舞台でも黒蜥蜴を演じています。

■舞台化

上演年劇場黒蜥蜴役明智小五郎役
1962サンケイホール水谷八重子(初代)芥川比呂志
1968東横劇場ほか丸山(美輪)明宏天知茂
1969新歌舞伎座丸山(美輪)明宏岡田真澄
1982京都・南座小川真由美中山仁
1984新橋演舞場坂東玉三郎北大路欣也
1986名古屋・中日劇場坂東玉三郎草刈正雄
1990新橋演舞場松坂慶子津嘉山正種
1993東京芸術劇場ほか美輪明宏榎本孝明
1997青山劇場美輪明宏名高達男
1999三軒茶屋シアタートラム篠井英介鈴木規依示
2003ル・テアトル銀座ほか美輪明宏高嶋政宏
2006ベニサン・ピット麻実れい千葉哲也
2007宝塚大劇場ほか花組・桜乃彩音春野寿美礼
2012明治座浅野ゆう子加藤雅也
2013ル・テアトル銀座ほか美輪明宏木村彰吾
2015東京芸術劇場美輪明宏木村彰吾
2017三越劇場河合雪之丞喜多村緑郎
2018日生劇場ほか中谷美紀井上芳雄
2026宝塚大劇場ほか宙組・春乃さくら桜木みなと

この中にオペラ化作品は含んでいません。以上の他にも、セミプロやマイナー劇団による公演は多数あります。

丸山(美輪)明宏版の黒蜥蜴は、上記一覧のみならず翌年に再演されたりしていますが、それは省略しました。いずれにしても、かなりの上演回数にのぼり、1968年の映画版にくわえ、美輪明宏の当たり役だと称されるゆえんです。



上記の通り、何度も映像化、舞台化がなされてはいますが、やはり『黒蜥蜴』と言って、真っ先に思い浮かべるのは1968年公開の映画版ではないでしょうか?

同じ年、丸山(美輪)明宏主演による舞台『黒蜥蜴』が渋谷の東横劇場および東銀座の歌舞伎座で上演され、大人気を博したことから、松竹が映画化を決定し製作したのが本作でした。

監督に抜擢されたのは、東映を退社してフリーになったばかりでまだ無名に近かった深作欣二。音楽を冨田勲が担当したほか、生人形役で三島由紀夫が特別出演しました。

公開されるや、批評家筋やメディアからは無視同然だったものの、丸山の人気もあって興行的には大ヒット。フランスやアメリカでも上映されて一部でカルト的人気を博し、90年代以降は、さらに再評価の機運が高まりました。

ちなみに、美輪明宏自身は、この映画化作品をあまり気に入っていなかったと言われ、それは主に美術面で不満があったためでした。そのため、その後も黒蜥蜴を演じ続けた舞台では、美術や音楽、衣装などもすべて美輪明宏が手掛けるようになっていきました。

『黒薔薇の館』とセットになったブルーレイが発売されており、おすすめです。↓

2026年6月28日、突然飛び込んできた訃報。

美輪明宏が、2026年6月20日、老衰により、91歳で死去しました。

2019年9月に軽い脳梗塞を発症しましたが、その後復帰。しかし、近年はあまり表舞台に出ることもないまま、約3か月前に体調を崩し、自宅で療養中でした。

葬儀告別式は近親者のみで執り行われたようですが、祭壇は本人が好きだった黄色い薔薇に彩られていたそうです。生涯独身を通したものの、元俳優で付き人を務めていた男性と養子縁組をしており、個人事務所「オフィスミワ」の社長も務めていました。

美輪明宏の死去により、黒蜥蜴も本当の死を迎えたように思えてなりません。

最後に、三島由紀夫の戯曲版『黒蜥蜴』を読んだ個人的感想・レビュー

【閉鎖した過去のブログから転載】

三島由紀夫の戯曲『黒蜥蜴』。

何度読み返しても、三島らしいきらびやかな台詞、格調高い装飾と比喩の世界に、目もくらむばかりだ。

「危機というものは退屈の中にしかありません。退屈の白い紙の中から、突然焙り出しの文字が浮び上る。僕はそれを待っているんです」

「犯罪が近づくと夜は生き物になるのです。僕はこういう夜を沢山知っています。夜が急に脈を打ちはじめ、温かい体温に充ち、…とどのつまりは、その夜が犯罪を迎え入れ、犯罪と一緒に寝るんです。時には血を流して…」

何度も舞台化、映像化されているが、緑川夫人=黒蜥蜴は、やはり丸山明宏の独壇場だったとしか思えない。
正直なところ、演技は決してうまくない。セリフも割と棒読みだ。
だが、男と女の垣根を軽々と行き来し、強い意志と深い孤独、悪意と良心、相反する二つのものを同時に合わせ持つ、複雑な人間性を完璧に表現しえたのは丸山明宏しかいないとさえ思ってしまう。

『黒蜥蜴』の2007年の文庫版には、三島本人による解説文のほか、座談会が一つ、対談が一つ、最後に美輪明宏によるあとがきが収録されている。

座談会は、三島、原作者の江戸川乱歩、初演で明智を演じた芥川比呂志、杉村春子ら。これだけの面子にあって、杉村が堂々と自説を述べるくだりなど、さすが昔の女優は人間としての厚みが違う。最後は、このメンバーで当時流行していた「こっくりさん」をやり始めるというオチ付き。

対談は三島と丸山明宏によるもの。
二人の対談のうち活字になって残っている唯一のものらしく、必読だ。
昭和44年、対談が雑誌に掲載された当時のタイトルが、「十年後、BI(バイ)セクジュアル時代がやってくる?!」。

なかで、丸山が三島の前世は高山右近だと指摘し、「よくよく人を斬るのがお好きなんですね」というくだりは少々ぞっとする。

あとがきでは、黒蜥蜴を演じることになった経緯、当時の三島の印象のほか、台詞の深い意味合いについても解説していて興味深い。

【追記】2007年発行の文庫版は現在、絶版になっており、なかなか入手困難なようです。発見したらお見逃しなく!

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました