自伝的作品『ペイン・アンド・グローリー』が話題になったペドロ・アルモドバル。そんなスペイン映画界を代表する巨匠の初期の傑作が『神経衰弱ぎりぎりの女たち』です。
ここではあらすじと登場人物・キャストを紹介しつつ、本作のユニークな面白さに迫りたいと思います。
ペドロ・アルモドバルの代表作の一つ『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(1988)
1980年に長編映画デビューしたペドロ・アルモドバルが、1988年に発表した7作目の作品が『神経衰弱ぎりぎりの女たち』(Women on the Verge of a Nervous Breakdown)。
ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞を受賞したばかりか、アカデミー外国語映画賞にもノミネートされ、一躍世界にその名が知られるきっかけになった作品です。
2010年にはミュージカル化され、ブロードウェイやロンドンのウエストエンドで上演されて好評を博すなど、今なお熱狂的なファンに愛されるアルモドバルの代表作の一つに位置づけられています。
詳しいプロフィールと全作品紹介については、別の記事にまとめてあります。
■あらすじ
突然、同棲する愛人イバンから留守番電話で別れを告げられた女優のペパが、血眼になってイバンの行方を探します。
事態は、部屋の新しい借り手、ペパの女友達、イバンの新恋人パウリナ、さらにイバンの20年前の恋人ルシアまで巻き込み、収拾のつかない大混乱に陥っていくのでした。
■キャストと主要登場人物
- ペパ(女優)/カルメン・マウラ
- イバン(俳優)/フェルナンド・ギーレン
- ルシア(イバンの昔の恋人)/フリエタ・セラーノ
- カルロス(イバンの息子)/アントニオ・バンデラス
- マリサ(カルロスの恋人)/ロッシ・デ・パルマ
- カンデラ(ぺパの友人)/マリア・バランコ
- パウリナ(イバンの新恋人)/キティ・マンベール
『神経衰弱ぎりぎりの女たち』の解説・感想レビュー
50年代のVOGUE風にコラージュした女たちのシルエットにスパニッシュポップスが被るタイトルクレジットから、いきなりアルモドバル・ワールド全開。やはり何度観ても、他のどんな映画と比べようもない、唯一無二の世界を持った作品だと思う。
ストーリーはいたってシンプルだ。
音信不通になった愛人イバンが、新しい女と旅に出るらしいと知って狂乱する女優のペパを中心に、エキセントリックな女たちが入り乱れてハチャメチャな騒動を繰り広げる。
嫉妬、妄想、不安や怒り……そんな他愛もない感情に突き動かされ、翻弄されるエゴイストな女たちは、ひどく滑稽でありながらもどこか可愛く、そして何より強い。
ここでは辻褄が合わないとか、そんな偶然起こりえないといった指摘は全く意味をなさない。
例えば、劇中こんなセリフがある。
「奇妙なことは突然起こる」
「物事は決して思い通りに運ばない」
そんな、生きていれば当たりまえのことを、アルモドバルはコミカルにデフォルメしているのである。
ペパを演じたのは、アルモドバルのミューズ、カルメン・マウラ。エゴを貫き通す、狂った女の強さと弱さを見事に体現している。
アントニオ・バンデラスやロッシ・デ・パルマら常連が勢揃いし、風変りな個性を発揮しているばかりか、アルモドバルの手にかかると、電話交換手の女や薬局の店員ですら強い印象を残す。
中でも誰より強烈なのは、イバンの昔の恋人ルシアだ。奇妙なファッションとヘアメイクに負けないぐらいの異常キャラである。イバンの浮気に心を病んで入院していた病院から出てきたばかりとの設定であり、ペパと同じくイバンを探して、大事件を引き起こす。
痛烈なドタバタコメディであることに間違いないのだが、実は裏に骨太のテーマが隠れている。それを象徴するのが、映画の冒頭に置かれた、ペパのモノローグだ。
「崩れかける世界で、私は自分と世界を救おうとしていた。まるで”ノア”だ。すべての動物をカップルで救ってやりたかった」
神経をすり減らす、混沌を極める世界の中で大事なことはいったい何なのか。
極端に振り切った女たちの姿から伝わってくるのは、意外にも、無様な人間の放つ愛おしさと大いなる女性賛美である。
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