フランシス・フォード・コッポラ監督、マーロン・ブランド主演で1979年に公開され、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールに輝いた大作映画『地獄の黙示録』。
単なる傑作と言うにとどまらず、さまざまな物議を巻き起こした問題作であり、むしろそれゆえ、映画史において確かな足跡を残した作品であることは間違いありません。
2024年で、公開からなんと早45年!本記事では、主要登場人物15人を演じたキャストの簡単なプロフィール、その後と現在についてご紹介します。残念ながらすでに故人も複数います。
「世界文学に匹敵」と言わしめた映画『地獄の黙示録』
1974年公開の『ゴッドファーザー PART II』を大成功させ、まさに脂の乗り切った時期のフランシス・フォード・コッポラが巨額の資金を投じて次に送り出した大作映画が、1979年に公開された『地獄の黙示録』です。
原作であるジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』において舞台となっている19世紀後半のコンゴを、1969年のベトナム戦争時に置き換え、狂気と暴力に満ちた戦争、そうした中で露呈する人間の闇と弱さを、壮大な規模で描きました。
カンヌ国際映画祭において最高賞のパルム・ドール、米アカデミー賞やゴールデングローブ賞などでも複数の受賞を果たした一方、激しい物議を巻き起こすなど、映画史において最も議論をよんだ問題作の一つです。
考察本も複数存在しますが、日本語で書かれた代表的な一作である立花隆著「解読『地獄の黙示録』」の中で、次のとおり述べられています。
この映画は、内容の深さにおいて、はじめて世界文学に匹敵するレベルで作られた映画である。(中略)単なるエンタテインメント映画ではない。文学的な批評の対象になる映画である。
引用:立花隆著「解読『地獄の黙示録』」文春文庫刊
立花は、撮影に同行していたコッポラの妻エレノアが出版した『地獄の黙示録撮影全記録』を引用しながら、独自の視点で解明しており、非常に読み応えがあります。
それでは、キャスト15人について詳しくご紹介する前に、まずあらすじを振り返り、そして長さの違う3つのバージョンについて簡単に触れたいと思います。
■あらすじ
泥沼化していたベトナム戦争さなかの1969年、ウィラード大尉が上官に呼び出され、ある極秘任務を言い渡されます。
それは、4人のベトナム人を二重スパイだとして勝手に処刑した上、カンボジアのジャングルに自ら築いた王国に君臨している陸軍特殊部隊のカーツ大佐を見つけ出し、暗殺するというものでした。
ウィラードは、小さな哨戒艇に乗り込み、4人の乗員とともにヌン川を登ってカーツの王国を目指します。道中、さまざまな出来事に遭遇し、乗員を失いながらも、ついに謎めいた王国にたどり着きます。
ウィラードは、そこである決断を迫られるのでした。
■「劇場公開版(通常版)」「ファイナル・カット」「特別完全版」が存在
「劇場公開版」「通常版」などと呼ばれる1979年のオリジナルに対し、2001年には、53分の未公開シーンを追加した「特別完全版」を公開。さらに2019年には、公開40周年記念として「ファイナル・カット版」が公開されました。
それぞれの違いや、追加されたシーンの詳細については、以下の別の記事で詳しく解説しています。
監督フランシス・フォード・コッポラの現在
1939年4月7日、ミシガン州デトロイトのイタリア系移民の一家に生まれたフランシス・フォード・コッポラ。
低予算映画の監督としてキャリアをスタートさせつつ、まず脚本家として高い評価をうけ、1970年の『パットン大戦車軍団』によりアカデミー脚本賞に輝きました。1972年に監督した『ゴッドファーザー』により、世界的名声を確立。続く『カンバセーション…盗聴…』『ゴッドファーザー PART II』も絶賛され、上述の通り、コッポラ絶頂期ともいえる時期に発表された作品が『地獄の黙示録』でした。
しかし、その撮影がいかに過酷なものであり、コッポラ自身も心身ともに追い込まれた地獄のようなものだったかについては、撮妻エレノア作の著作やドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』を見るとよくわかります。
その後も作品を発表し続けますが、本作で性根尽きたのか、1982年の『ワン・フロム・ザ・ハート』、1990年の『ゴッドファーザー PART III』などは酷評され、興行的にも失敗。その意味で、『地獄の黙示録』が、コッポラの魂が籠った最後の作品だと見る向きもあります。
近年は、自身の監督作品そのものが減ったうえ、かつてのような超大作を手掛けることもありません。その代わり、娘あるソフィア・コッポラ監督作のプロデュースを手掛け、『ロスト・イン・トランスレーション』など複数の秀作を産んでいます。
主要キャスト15人のその後と現在、死亡者(2024)
選んだ15人のうち、残念ながら6人はすでに故人です。2024年現在も活動中の俳優に関しては、できるだけ近影を探してみました。
※情報は2024年2月時点のものです。
①カーツ大佐役/マーロン・ブランド(故人)
ベトナム戦争に従軍しながら、軍を裏切って逃亡し、カンボジアのジャングル奥地で現地人を支配下に置いた極秘王国を築いているアメリカ陸軍特殊部隊士官が、ウォルター・E・カーツ大佐です。
カーツをすさまじい存在感で演じた名優マーロン・ブランドは、1924年4月3日、ネブラスカ州オマハ生まれ。1954年『波止場』と1972年『ゴッドファーザー』で2度のアカデミー主演男優賞に輝いたほか、『欲望という名の電車』『ラストタンゴ・イン・パリ』などにより、誰もが認める国際的な大スターとなりました。
ただ一人の人間としては、トラブルメーカーとしてさまざまな問題を引き起こし、波風の多いキャリアと私生活を送ります。本作の撮影にあたっても、求められていた原作すら読まず、極度の肥満体となって撮影にのぞんで、コッポラを悩ませました。それでも、演技は絶賛され、自身も巨額のギャラを手にしています。
後年は目立った出演作がないどころか、演技すら酷評されることも少なくありませんでした。2004年7月1日、呼吸不全と心不全によって80歳で死去。私生活では3度の結婚と離婚を繰り返しました。それ以外にも多くの女性と関係し、明らかなだけでも11人の子どもがいましたが、他にも複数の私生児がいるとされ、本人はその数すら把握していなかったとも言われています。中には殺人、自殺や未遂など悲劇に見舞われた女性や子も少なくありません。
②ウィラード大尉役/マーティン・シーン
CIAの工作員という裏の顔を持ち、軍からカーツ暗殺の密命を受けるウィラード大尉をマーティン・シーンが演じました。当初、ハーヴェイ・カイテルが演じる予定でしたが、クラインクイン後、わずか1週間で降板が決定。急遽の抜擢だった上、心臓発作を起こして何週間も入院したり、撮影は困難を極めました。
マーティン・シーンは、1940年8月3日 – )オハイオ州デイトン出身です。1973年の『地獄の逃避行』で注目されたのち、本ウィラード役で大きな飛躍を遂げました。その後の出演作には映画『ウォール街』、7年続いたテレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』などがあります。
私生活では、1961年に女優兼プロデューサーの女性と結婚し、4人の子をもうけていますが、全員俳優です。特に、長男のエミリオ・エステベス、さまざまな事件を起こし事実上映画界を干された次男のチャーリー・シーンが有名です。
マーティン・シーン自身は、政治運動にも熱心で、とくに反捕鯨テロ団体「シーシェパード」の支援者という黒い顔もあります。
③キルゴア中佐役/ロバート・デュヴァル
川を登るウィラード大尉らを一時護衛・誘導する部隊を率いるのが、ロバート・デュヴァル演じるキルゴア中佐です。死人の溢れる過酷な戦場でも平気でサーフィンに興じる、常軌を逸した狂人です。
ロバート・デュヴァルは、1931年1月5日、カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。同じくコッポラ監督の『ゴッドファーザー』でアカデミー助演男優賞ノミネート、本作でも同賞ほか多くの賞にノミネートされるなど演技派として高い評価をえ、1983年の『テンダー・マーシー』でついにアカデミー主演男優賞を受賞しました。
90代でも現役の俳優として活動し、2023年よりNetflixで配信されている『ほの蒼き瞳』などに出演しているほか、カントリー歌手の顔も持っています。私生活では、4度の結婚歴がありますが、子どもはいません。
④ルーカス大佐役/ハリソン・フォード
ウィラードにカーツの暗殺を命じる幹部の一人ルーカス大佐をまだ若きハリソン・フォードが演じていました。ハーヴェイ・カイテル降板後、ウィラード役にハリソン・フォードの名もあがりましたが、『スター・ウォーズ』の撮影と重なるため実現せず、見学に来たときにカメオのような形で出演が実現しました。そんなこともあり、名前の「ルーカス」とは、ジョージ・ルーカスからとったものです。
その後のハリソン・フォードの活躍については、あえて説明するまでもないでしょう。2023年には、世界的大ヒットシリーズの5作目となる『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』が公開され、インディ役として優秀の美を飾りました。
私生活では、女優のキャリスタ・フロックハートと、7年半の交際のすえ、2010年に結婚。ハリソン・フォードにとっては3度目の結婚でした。子どもは先の2度の結婚で4人の実子、キャリスタとの間に1人の養子がいます。
⑤コーマン将軍役/G・D・スプラドリン(故人)
ルーカス大佐の上官であり、ウィラードにカーツの暗殺を命じるコーマン将軍を演じていたのはG・D・スプラドリンです。
G・D・スプラドリンは、1920年8月31日、オクラホマ州ポールズ・ヴァレー生まれ。ベネズエラで弁護士、さらに実業家を経て、40代で俳優に転身します。『ゴッドファーザー PART II』や『エド・ウッド』など多くの映画やテレビドラマでバイプレーヤーとして活動しました。
1999年の映画『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』を最後に引退。2011年7月24日、90歳で死去しました。二度の結婚(一度目は死別)で、娘が2人います。
⑥シェフ役/フレデリック・フォレスト(故人)
ウィラードの指揮のもと、ともに哨戒艇に乗り込む部下の一人が、みなから「シェフ」と呼ばれるジェイ・ヒックスです。
女好きなシェフを演じたフレデリック・フォレスト(写真一番左)は、1936年12月23日、テキサス州ワクサハチー生まれ。実際に長い軍隊経験を経て、俳優となりました。本作および同年公開の『ローズ』でベッド・ミドラーの相手役を演じ、数々の受賞・ノミネートを果たして注目されます。特にコッポラ監督のお気に入り俳優となり、『ワン・フロム・ザ・ハート』など複数の作品に抜擢されました。
私生活では、3度の結婚歴がありますが子どもはいません。2023年6月23日、86歳で死去。遺作は、2006年公開の映画『オール・ザ・キングスメン』です。
⑦ランス役/サム・ボトムズ(故人)
同じく哨戒艇の乗員4人のうちの一人で、プロのサーファーでもあるランス・ジョンソンをサム・ボトムズが演じました。
サム・ボトムズは、1955年10月17日、カリフォルニア州サンタバーバラ生まれ。実兄ティモシー・ボトムズ主演の映画『ラスト・ショー』でデビューしますが、兄ほど作品に恵まれないことがないまま、2008年12月16日、脳腫瘍により53歳の若さで亡くなりました。
遺作は、2007年の映画『Finishing the Game(日本未公開)』です。私生活では、2度の結婚で子どもが2人います。
⑧クリーン役/ローレンス・フィッシュバーン
哨戒艇の乗員4人のうちの一人、通称「クリーン」ことタイロン・ミラーを、まだ若きローレンス・フィッシュバーンが演じました(当時のクレジット名はラリー・フィッシュバーン)。
1961年7月30日、ジョージア州オーガスタ生まれ。早くにキャリアをスタートさせ、本映画時はまだ18歳でした。その後は、実力派黒人俳優の一人として着実にキャリアを重ねます。アカデミー主演男優賞にノミネートされた1993年の『TINA ティナ』、『マトリックス』シリーズのモーフィアス役、『ジョン・ウィック』シリーズのバワリー役などが有名です。
私生活では、1985年に女優のハイナ・O・モスと結婚し、一男一女をもうけましたが離婚。2002年に、女優のジーナ・トレスと再婚して一女をもうけましたが、こちらも2018年に離婚しました。
⑨チーフ役/アルバート・ホール
哨戒艇の運転士で、責任感の強い「チーフ」ことジョージ・フィリップスをアルバート・ホールが演じていました。
アルバート・ホールは、1937年11月10日、アラバマ州ブライトン生まれ。コロンビア大学卒業後、1970年に俳優デビューし、本作で初めて広く知られるようになりました。その後の出演作には、映画『マルコムX』やテレビドラマ『アリー my Love』などがあります。
2009年の映画『愛し方を忘れたら』、テレビドラマ『MOACA/も~アカンな男たち』を最後に出演作がなく、事実上、引退状態にあるようです。私生活は公表されていません。
⑩報道カメラマン役/デニス・ホッパー(故人)
カーツの王国をうろつく、挙動不審な報道カメラマンをデニス・ホッパーが演じています。撮影当時、ホッパーはドラッグへの依存状態にあり、そのせいでセリフすらまともに覚えられず、コッポラや共演者とたびたび問題を起こしました。
デニス・ホッパーといえば、本作にくわえ、映画『ブルーベルベット』や『勝利への旅立ち』などにおける性格派俳優としてのみならず、アメリカン・ニューシネマの傑作『イージー・ライダー』や『カラーズ 天使の消えた街』などの監督として、さらには写真家として、その多才ぶりで広く知られています。
日本では、何度かCMに出演したり、コムデギャルソンのモデルとして活動したこともあり、なかなかに知名度の高い俳優です。私生活では、5度の結婚をしましたが、最後の妻とは訴訟にまで発展するほど泥沼化しました。子どもは、あわせて4人おり、ルサンナとヘンリーは俳優です。
2010年5月29日、前立腺がんにより74歳で死去しました。
⑪ユベール役/クリスチャン・マルカン(故人)
「ファイナル・カット」と「特別完全版」に収録された追加シーンにのみ登場するフランス人入植者ユベールを演じたのは、プライベートでもマーロン・ブランドと懇意にしていたクリスチャン・マルカンです。
クリスチャン・マルカンは、スペイン人の父とアラブ人の母の間に、マルセイユで生まれ、1945年の映画『美女と野獣』でデビュー。1956年の『素直な悪女』でブリジッド・バルドーと共演し、一躍注目されました。
その後は、フランス映画のみならず、『史上最大の作戦』や『飛べ!フェニックス』などアメリカ映画にもしばしば出演するなど国際派俳優として、また映画監督としても活躍しました。
私生活では、女優のティナ・オーモンと1963年に結婚するも3年で離婚。その後、女優のドミニク・サンダと交際し、息子を一人もうけています。1985年ごろよりアルツハイマー病を発症し、2年後には俳優業を引退。2000年11月22日、73歳で死去しました。
⑫ロクサンヌ・サロー役/オーロール・クレマン
ユベール同様、「ファイナル・カット」と「特別完全版」に登場する仏プランテーション農園に暮らすフランス人女性ロクサンヌを演じたのは、オーロール・クレマンです。
オーロール・クレマンは、1945年10月12日、フランスのソワソン生まれ。母国では多くの映画やテレビドラマにも出演する人気女優です。日本でも知られた作品には、『裸足のマリー』、『ゴダールのマリア』『パリ、テキサス』などがあります。
私生活では、本作で出会ったアメリカ人のディーン・タヴォウラリスと1986年に結婚。本作のほか『カンバセーション…盗聴…』や『ゴッドファーザー』などコッポラ作品の多くでプロダクション・デザイナーを務めている人物です。
⑬プレイボーイのプレイメイト3人
従軍キャンプに慰問に訪れる「プレイボーイ」誌のプレイメイト3人、テリー、キャリー、ローチ。
テリーを演じたコリーン・キャンプ(写真)は、ブルース・リーの恋人役を演じた『死亡遊戯』のほか、『ポリスアカデミー』や『ニューヨークの恋人たち』『アメリカン・ハッスル』などジャンルを問わず、数多くの作品に出演するバイプレーヤーとして、現在も活躍しています。
センターで踊るカウボーイ衣装のキャリーを演じたのは、実際に1974年の「プレイメイト・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたシンシア・ウッド。1983年に全米で公開されたアニメ映画『劇場版ゴルゴ13』のサウンドトラックに収録された3曲で歌手として参加している以外、女優としての活動はないようです。
サンドラを演じたのも、1976年の「プレイメイト・ミス8月」に選ばれたリンダ・カーペンター(ベティ)ですが、本作以後の女優活動はありません。
何度も観返したい映画『地獄の黙示録』
以上、主要な登場人物を演じたキャスト15人についてご紹介しました。
上述の通り、フランシス・フォード・コッポラが心身をすり減らして完成させた、事実上最後の作品ともいえ、観返すたびに新たな発見がある映画です。
保存版としておすすめしたいのは、100分を超える特典映像が収録された『地獄の黙示録 ファイナル・カット 4K Ultra HD Blu-ray』。
改めてじっくり鑑賞し直してみてはいかがでしょうか?