考察『ドライブ・マイ・カー』村上春樹の原作と映画の違いは?

ドライブ・マイ・カー 村上春樹映画

カンヌ国際映画祭、ゴールデングローブ賞などに続き、第94回アカデミー賞でも国際長編映画賞を受賞し、高い評価を得ている『ドライブ・マー・カー』。

言うまでもなく、村上春樹の同名短編小説が原作です。

本記事では、映画と原作の違いを軸に掘り下げ、考察してみたいと思います。

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映画『ドライブ・マイ・カー』について

死んだ妻への複雑な思いと喪失感を抱えた中年俳優の家福と、孤独で寡黙な女性ドライバーのみさき。広島の演劇祭で専属運転手となったことから次第に心を通わせ、やがてわずかながら光を見出し、ゆっくり再生していく姿を描いた映画『ドライブ・マイ・カー』。

監督・脚本を濱口竜介、俳優兼演出家の主人公・家福悠介を西島秀俊、渡利みさきを三浦透子、家福の妻・音を霧島れいか、音の浮気相手でもあった若い俳優の高槻耕史を岡田将生が演じました。

カンヌ国際映画祭コンペティション部門脚本賞を日本映画として初受賞したほか、全米映画批評家協会賞で作品賞・主演男優賞など4冠、ゴールデングローブ賞非英語映画賞、アカデミー賞でも国際長編映画賞受賞のほか、やはり日本映画初となる作品賞にノミネートも果たしました。

広島や北海道など、撮影場所となったロケ地については、下の別の記事で詳しく紹介していますので、興味ある方はご覧ください。

村上春樹の原作小説『ドライブ・マイ・カー』について

村上春樹の小説『ドライブ・マイ・カー』の初出は、雑誌「文藝春秋」の2013年12月号でした。『女のいない男たち』と題した連作短編小説の第一作目として発表されたものであり、連作はその後2014年3月号まで続いています。

2014年4月には、単行本で、短編集『女のいない男たち』を刊行。雑誌に掲載された5編に書き下ろしを1編加えた形であり、『ドライブ・マイ・カー』は冒頭に置かれています。

本短編を単行本に収録するにあたって、一つの修正が加えられることになった事情も有名です。

「文藝春秋」誌上に発表されたものでは、実在する北海道の「中頓別町」がみさきの故郷であり、そこでは車からタバコを投げ捨てるのが普通という記述がなされています。それに対して、「中頓別町」から苦情が寄せられ、単行本では架空の「上十二滝町」に変更されたのです。



映画と原作の違い<ネタバレ>

展開上の根本的な違いとして、映画は家福が演出家を務める国際演劇祭とそれが開催される広島が主要な舞台となっていますが、原作にそういった展開はまったくありません。

原作は、東京を離れることは一度もないのです。

以下、具体的に大きく8つのポイントから相違点を比べてみたいと思います。中にはネタバレを含む内容もありますのでご注意ください。

①家福の愛用車サーブ

映画では、赤のサーブ900ターボ3ドアが使用されますが、原作に登場するのは、黄色のサーブ900コンバーティブルです。

家福は、冬でも夏でも車の屋根を開け放って運転するのが好きという設定であり、黄色は妻が選んだ色だという説明がされています。

ただ映画でも、サンルーフを開けて、家福とみさきが一緒に手を出してタバコを吸う非常に美しいシーンが印象的でした。

②死んだ妻の描き方

映画では、妻と家福の関係が最初にたっぷりと描かれますが、原作では、妻はすでに故人であり、それから10年近く経っていて、家福の記憶と思いの中にしか登場しません。

また死因についても、マンションの部屋で急死した映画とは違い、原作の中では、末期の子宮がんにより入院先の病院で死去したと説明されています。

ちなみに、妻の名前の「音」、家福の名前の「悠介」は原作にはなく、映画の創作です。

③妻の浮気、家福との関係

原作の妻は、正統派の美人女優で、家福とは約20年の結婚生活だったと描写されています。二人の間には、死んだ娘がいたというのは映画でも同じです。

ただし、映画は幼いころに肺炎で死んだとされていますが、原作では、生まれてわずか3日で死に、名前もない女の子だったと記されています。そして、その子が死んでから、妻は他の男たちとたびたび性的関係を持つようになったこと……。

映画では、家福が浮気現場を目撃するシーンがありましたが、原作にそういった場面はなく、ただ、妻の浮気に気づきつつ、それを妻に問いただしたことは一度もなかった、というのは映画と同じです。

④家福が運転手を雇うことになる経緯

映画では、家福が演出家として携わる、広島の演劇祭の決まりでほとんど強制的に専属ドライバーをあてがわれるという設定でしたが、上述のとおり、原作にそういった設定は全くありません。

原作では、家福が接触事故を起こし、免許停止になったため、自ら専属の運転手を探していた際、車の修理工場の経営者からみさきを紹介されるのです。

接触事故と緑内障の件は、映画でも描かれますが、原作では、飲酒運転と、緑内障による視力低下を理由に免許停止になったとはっきり描かれています。

⑤家福の描写

西島秀俊が演じたことで、映画の家福はイケメンの渋い中年俳優というイメージを与えますが、原作からは多少違う印象を受けます。

まず演出家という設定はなく、また俳優としても、一応世間には名前が知られている程度で、主役をはるような俳優ではないとされています。はっきりと年齢は書かれていないものの、妻が死んだのは家福が49歳のときで、それから10年近く過ぎていることから、50代の終わりであることが推測されます。

髪も薄くなりかけている性格俳優、という形容もあります。

⑥みさきの描写

原作で語られる渡利みさきは、北区赤羽住まい、北海道上十二滝町生まれ、どこからみても美人とは言えない、むしろ「ぶすい」女性だと言わせています。

一人っ子であり、父は8歳のときの家を出て、母は17歳のときに事故死したと本人の口から語られるだけで、映画のような詳しい過去の説明はありません。

運転技術が抜群なのは映画も原作も同じですが、広島や瀬戸内海、さらには北海道まで長距離運転するに至る映画に対し、原作では、家福の自宅マンションのある恵比寿、テレビ局や劇場、講師を務める俳優養成学校の間など、都内を走らせるだけです。

⑦高槻の描写

映画に登場する俳優の高槻は、死んだ妻の浮気相手であり、家福が演出する芝居の俳優としてキャスティングされるという設定です。

原作では、妻が死んで半年後、テレビ局の待合室で、高槻からお悔やみの声をかけてきた縁で知り合ったと説明されています。家福は、高槻が妻の最後の浮気相手だったことを知っており、妻のこと知りたさに、友達として会って酒を飲む仲になるのです。

原作で描写される高槻は、家福より6、7歳下の二枚目俳優で、別居中の妻子がいます。特に演技がうまいわけではない二流の俳優だと家福に言わせています。原作においても、確かに深酒をする悪癖は書かれていますが、短気から殺人事件まで起こしてしまうという展開は映画の創作です。

原作では、半年ぐらい友達付き合いをしたあと、家福が一方的に関係を絶ったと記されています。

⑧結末の違い

映画は、みさきの故郷である北海道の小さな町に二人で向かい、その後、韓国の釜山で、家福の車に乗って生活しているみさきの姿で終わります。

しかし原作に、そういった展開はありません。いつもと変わらず都内を走る車中、家福とみさきの会話の中に家福のかすかな再生を感じさせて終わります。



原作からわかる重要なポイントを考察

1.みさきと同ぐらい重要な位置を占める高槻

映画では、北海道の雪山で、家福とみさきが心のうちを告白し合うところが物語のクライマックスになっていましたが、原作で家福が本当の気持ちを吐露する相手は高槻であり、場所は東京のバーです。

下に引用した一文は、家福と高槻の微妙な関係性を明確に言い表しています。

「二人にはひとつの大きな共通点があった。死んでしまった一人の美しい女に、いまだに心を惹かれ続けている」

引用:村上春樹著『ドライブ・マイ・カー』より、『女のいない男たち』に収録、文藝春秋刊

その後、車中で交わすみさきの言葉に救われるわけですが、その意味で、高槻という存在は、原作では映画とはやや異なる意味の位置づけになっていると言えるでしょう。

2.みさきの父と家福の死んだ娘

原作で判明するみさきの年齢は24歳。そして、その年齢を聞いた家福は、生まれて3日で死んだ娘がもし生きていたら24歳だったという事実に気づきます。

そればかりか、みさきに、家を出た父と家福が同じ歳だと言わせています。

映画でこの部分は描かれていたのでしょうか?(記憶にありません)。たがいに娘と父の姿をひそかに重ね合わせていたとみると、二人が心を通わせることになる一つの理由がはっきり理解できます。

3.みさきの出自と韓国

みさきの家庭事情、そして最後、唐突に韓国・釜山におり、韓国語を流暢に話していることから、みさきが在日韓国人系の一家ではないかと推測する人も少なくありません。

しかし、原作にそういったことを示す要素は全くなく、もしそれが事実なのだとしたら、村上春樹ではなく、濱口竜介監督の意図によるものだということになります。

さまざまな国籍の人などマイノリティーが登場するという設定も映画のオリジナルであり、濱口監督が新たに盛り込んだ一つのテーマだとすると、この推測はあながち間違っているとも言えないでしょう。

4.同短編集『木野』の主人公と家福の一致

小説『ドライブ・マイ・カー』が原作ではありますが、短編集『女のいない男たち』に収録された別の短編『木野』の主人公には、映画で描かれた家福と一致する点が多くあります。

例えば、出張から予定より早く帰宅したため、妻の浮気現場を目撃してしまうというエピソード、またそのことで深い喪失を抱え、やがて自分自身に向き合わざるを得なくなっていく点などです。

その意味で、『木野』はもう一つの原作小説と言っても差し支えないかもしれません。

『ドライブ・マイ・カー』、ブルーレイ/DVD、オンデマンド配信、そして原作小説でもう一度!

以上、映画と原作の相違点を考察してみました。

映画『ドライブ・マイ・カー』は、すでにブルーレイやDVDも発売されており、またAmazonプライムビデオやU-Nextなど各サイトより、オンデマンドでも配信されています。

おすすめのコレクターズ・エディション版では、なんと約171分もの特典映像がついていますから、より深いところまで本作を掘り下げることも可能になるはずです。

また原作小説は、すでに文庫化もされており、Kindle版もありますから、より手に取りやすくなっています。本作のみならず、もちろん『木野』は当然ながら、同じテーマ性を持つ他の短編もおすすめです。

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