『東京物語』と並び称される、小津安二郎監督の代表作の一つ『麦秋』(1951年公開)。
原節子が紀子という名の女性を演じる「紀子三部作」のうち、『晩春』(1949)と『東京物語』(1953)の間にはさまれた2作目にあたります。
ここではそんな映画『麦秋』について、簡単なあらすじとキャストの紹介に続き、見どころポイントを感想・解説を交えてレビューしたいと思います。
小津安二郎監督「紀子三部作」の一つ『麦秋』(1951)
1951年10月3日に公開された、小津安二郎監督の『麦秋』。麦秋とは、秋ではなく麦の収穫をする初夏を指し、実際、本作の英語タイトルは「Early Summer」です。
上述のとおり、「紀子三部作」の2作目にあたる作品ですが、本作をNo.1に押す人も少なくありません。キネマ旬報年間ベストテン第1位、芸術祭文部大臣賞など数々の賞に輝きました。
■あらすじ
北鎌倉に居を構える間宮家。
そろそろ田舎に隠居しようかと考えている老夫婦、医師をしている長男夫婦と二人の子どもたち、東京の会社勤めでまだ独身の長女という、三世代の大家族です。
長女の紀子が、上司から縁談をすすめられます。嫁き遅れを心配し早く嫁がせたい兄の康一、いつにもまして言葉少ない父の周吉、相手の年齢を気にする母の志げや義姉の史子ら、それぞれの立場で紀子を思い、余計な気を回す中、当の本人はあっけらかんとしていて、嫁ぐ気があるのかすらはっきりせず……。
そんな中、ある日突然、紀子は、近所に住む子持ちの男やもめ、矢部との結婚をあっさり承諾してしまうのでした。
■主要登場人物とキャスト
- 間宮紀子(長女)/原節子
- 間宮康一(長男)/笠智衆
- 間宮史子(長男の嫁)/三宅邦子
- 間宮周吉(父)/菅井一郎
- 間宮志げ(母)/東山千栄子
- 田村アヤ(紀子の友達)/淡島千景
- 矢部たみ(隣人)/杉村春子
■小津安二郎について
小津安二郎は、1903年12月12日、東京(現在の江東区深川)生まれ。父の郷里である三重の小学校代用教員を経て、1923年に松竹蒲田撮影所に入社しました。
1927年に時代劇『懺悔の刃』で監督デビュー。サイレントからトーキーへの移行する中で、いわゆる「小津調」と呼ばれる独特の作風を確立していきます。
1958年には『東京物語』が英国サザーランド賞を受賞するなど、海外での評価も一気に高まることに……。黒澤明と並び称される日本映画の巨匠して、ジャン=リュック・ゴダール、ヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュら世界中の多くの映画人に大きな影響を与えました。
54作品を発表し、1963年12月12日に満60歳の誕生日に死去しました。遺作は『秋刀魚の味』。生涯独身を貫いています。
※下の記事では、小津作品の中でおすすめの10作品をランキング形式で紹介しています。
『麦秋』の解説・感想レビュー
小津安二郎作品の中でもとりわけ傑作と名高い『麦秋』。「紀子三部作」の他2作にくらべると、よりさらりとした味わいが特徴だ。
三世代が暮らす大家族を舞台に、物語は、紀子の縁談を軸に展開する。
間宮家は、言ってみれば、古き良き家族の理想的な姿である。
周吉は事あるごとに、「今が一番幸せなときだ」と呟く。
しかし、誰も声高に語らぬものの、実は次男・省二の戦死が、間宮家に静かな暗い影を落としているのである。そして、紀子はおそらく無意識に、その欠落を埋めようと矢部選ぶ。
矢部は、省二を誰よりもよく知る、高校時代からの親友なのだ。
淡島千景演じる女友達アヤから、矢部のことが好きなのかと問われて、頑なにそうじゃなく、安心できると思ったからだと答える紀子。
紀子が安心を求めるのは、自分のためというより、むしろ家族のためである。それゆえ、自身の結婚と親の隠居ではからずも家族がバラバラになってしまうことに気づいた紀子は、さめざめと泣くのである。
本作の際立った特徴は、どこか影の薄い男たちに対し、女たちが生き生きと行動的なことである。また、作品全体をとりわけ軽やかな雰囲気にしているのは、紀子と女友達4人組のコミカルなやりとりに負うところが大きいかもしれない。
そして何より、紀子と義姉・史子の関係である。
家族で唯一血のつながらない存在ながら、史子は心から紀子のことを心配し、ときに素の女同士になって語り合う。
終盤、二人がなぜかほとんど同じような服を着て、砂浜にたたずみ、並んで歩くシーンのしみじみとした美しさといったらどうだろう。
どこか謎めいた二人の親密さは、家族というものに一つの問いを投げかけ、また本作が女の物語であることを象徴しているかのようである。
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