トニー賞を受賞したブロードウェイの舞台劇を、2014年、HBOがテレビ映画として製作したのが『ノーマル・ハート』です。
こちらも見事プライムタイム・エミー賞作品賞に輝くなど非常に高い評価を得た傑作であるにもかかわらず、劇場未公開だったこともあって、日本ではあまり広く知られていません。
本記事では、そんなゲイ映画『ノーマル・ハート』について、あらすじやキャスト、さらに原作や裏話、モデルとなった実在人物まで、作品の見どころをくわしくご紹介したいと思います。
『ノーマル・ハート』作品紹介とあらすじ
『ノーマル・ハート』はまず1985年、オフ・ブロードウェイで初演され、好評を博します。2004年、ロンドン、ロサンゼルス、そして再びオフ・ブロードウェイでのリバイバル上演を経て、2011年、ついにブロードウェイで幕が開き、見事トニー賞受賞に至りました。
1980年代初頭のHIV/AIDS黎明期、ゲイたちの置かれていた状況、未知の病をどのように受け止め、立ち向かっていったかが描かれると同時に、恋愛や家族との関係なども随所に織り込まれ、感動的な物語となっています。
■あらすじ(ネタバレあり)
1981年のニューヨーク。ゲイの間で、謎のガンにかかり相次いで死に至るケースが多発。
突然友人を亡くしたライターのネッドは、治療に取り組む女性医師エマに説得され、ゲイたちに事態の深刻さを訴えますが、まだ誰も耳を傾けようとはせず……。
そんな中、新聞記者のフェリックスと出会い、二人はすぐ恋に落ちます。
ネッドは、法律事務所を経営する兄の力を借りて「GMHC(ゲイメンズ・ヘルス・クライシス)」を設立し、患者のサポートおよび政府への働きかけに取り組みます。しかし、ゲイだけのガンと考える社会の風潮は消えず、市も政府も放置状態。
さらに、独りよがりに突っ走るネッドの強引なやり方はGMHCの仲間たちや兄との間に摩擦を生み、次第に孤立していくことに……。そればかりか、最愛のフェリックスまでもがAIDSを発症してしまいます。
その結果、ゲイを隠すニューヨーク市長を公然と糾弾するなど、ネッドの運動はさらに過激化していくのでした。
時が過ぎて1983年。
以下、結末ネタバレ。
状況はさらに深刻化し、大勢の犠牲者が……。ネッドの献身的な介護もむなしく、フェリックスの病状も悪化するばかり。
エマが、政府に研究資金支援を訴えるも、まともな協力は得られず、またホワイトハウスで陳情したネッドも、冷たくあしらわれてしまいます。
GMHCのメンバーたちにも疲労の色がたちこめ、ついに熱くなり過ぎるネッドは組織を除籍されることに……。一方、死期を悟ったフェリックスは、ネッドと絶縁状態にあった兄とひそかに会い、遺言状の作成を依頼していました。
やがて、フェリックスはネッドに看取られながら旅立ちます。「闘い続けろ」との言葉を遺して……。
1984年。
本来ならフェリックスと同行するはずだった、母校イエール大学のゲイ・パーティーに一人出席しているネッドの孤独な姿……。さらに、ブルースら、GMHCのメンバーからも犠牲者が出たことが分かり……。
その後も遅々として進まなかった政府の対応と今日までの膨大なAIDS死者数がエンドクレジットに流れて映画は幕を閉じます。
映画『ノーマル・ハート』をもっと楽しむ3つの視点
1.Netflixで配信された話題作『ボーイズ・イン・ザ・バンド』との共通点
2020年9月、Netflixで配信され、大きな話題をよんだ映画『ボーイズ・イン・ザ・バンド』。日本では『真夜中のパーティー』のタイトルで広く知られた舞台劇の2度目の映画化です。
『ノーマル・ハート』と『ボーイズ・イン・ザ・バンド』は、ともにゲイを題材にした傑作舞台劇の映像化作品という点で共通しています。
しかし、それだけではありません。
映画『ノーマル・ハート』の監督を務めたライアン・マーフィーが『ボーイズ・イン・ザ・バンド』をプロデュース。また、『ボーイズ・イン・ザ・バンド』の監督を務めたジョー・マンテロのほか、ジム・パーソンズ、マット・ボマーら複数の俳優たちが『ノーマル・ハート』に揃って出演しているなど、キャスト・スタッフにも共通するところの多い2作なのです。
両方の作品をあわせて鑑賞することをおすすめします。
2.『アメリカン・ホラー・ストーリー:NYC』との共通点
同じく、ライアン・マーフィーの代表作の一つである『アメリカン・ホラー・ストーリー』のシーズン11として、2022年に配信された『アメリカン・ホラー・ストーリー:NYC』。
タイトル通り、AIDSが蔓延しつつある1980年代、ニューヨークのゲイ・シーンが舞台であり、『ノーマル・ハート』とは異なるアプローチで同じテーマを描いたドラマシリーズとして、見逃せない作品となっています。
さらに言うならば、もう一つの大ヒットドラマシリーズ『POSE/ポーズ』と合わせた3作品は、ライアン・マーフィーのAIDSを描いた3部作として位置付けられるでしょう。
3.新型コロナウイルスとエイズ
『ノーマル・ハート』は、エイズ(AIDS)の正体がまだ明らかではなかった1980年代初頭が舞台です。未知のウイルスとの闘いとそれによって露呈するさまざまな社会問題を描いています。
そして2020年、突然、全世界を襲った新型コロナウイルスによる大混乱。AIDSに直面した当時の人々の姿から、何かを学ぶことができるのではないでしょうか?
主要登場人物9人とキャスト紹介
①ネッド・ウィークス/マーク・ラファロ
逃げずに闘うことこそが大切だという信念を貫き、過激な手段で行動する本作の主人公がネッド・ウィークスです。かつてはブルースのことが好きでしたが、フェリックスと出会い、恋に落ちます。
演じているのはマーク・ラファロ。『キッズ・オールライト』『スポットライト 世紀のスクープ』『はじまりのうた』『アベンジャーズ』など、今やひっぱりだこの人気を誇る実力派俳優です。
ラファロ自身はゲイではなく、ネッド役はゲイの俳優が演じるべきだという理由から当初は難色を示していましたが、説得の末、出演に至りました。
②フェリックス/マット・ボマー
ニューヨークタイムズ紙で、エンタメ担当の記者をしているのがフェリックスです。ゲイの記者だと聞きつけて、協力を依頼してきたネッドと出会いました。
マット・ボマーは、テレビドラマを中心に活躍しつつ、2013年の映画『スーパーマン:アンバウンド』に主演し、世界的な人気スターとなりました。
大変な減量によって、AIDSで衰えていくフェリックスを見事に演じ切り、ゴールデングローブ賞最優秀助演男優賞を受賞しています。実生活もゲイであり、2011年に同性婚を挙げています。
③エマ/ジュリア・ロバーツ
幼い頃ポリオを患ったため、車いす生活の女医がエマです。AIDS治療に真摯に取り組んでいますが、冷静沈着な医師の姿とは裏腹に、心の奥で深い孤独を抱えているのが見て取れます。
演じているのはジュリア・ロバーツ。夫のダニエル・モダーが本作のフォトグラフィック・ディレクターを務めています。
ちなみに2011年の舞台版『ノーマル・ハート』でエマを演じてトニー賞を受賞したのはエレン・バーキンです。
④ベン/アルフレッド・モリーナ
法律事務所を経営する裕福なネッドの兄がベンです。兄としてのサポートを惜しみませんが、完全にネッドの生き方を受け入れているとはいえず、ある日絶縁します。
イギリス出身の俳優アルフレッド・モリーナは、数々のヒット作に出演している名バイプレーヤーです。出演作には『フリーダ』『スパイダーマン2』『ダ・ヴィンチ・コード』などがあります。2014年の映画『人生は小説よりも奇なり』では、ジョン・リスゴーと中年ゲイカップルを演じました。
ベン役には当初、アレック・ボールドウィンが予定されていましたが、実現しませんでした。
⑤ブルース/テイラー・キッチュ
GMHCの会長に選ばれるのがブルースです。恋多き男であり、恋人のクレイグがAIDSで命を落としたあとすぐ、今度はモデルのアルバートと恋に落ちます。
ブルースを演じたテイラー・キッチュはカナダ人俳優です。2009年の映画『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』におけるガンビッド役に続き、2012年の映画『バトルシップ』と『ジョン・カーター』両大作で主人公を演じ、一躍人気スターとなりました。
⑥トミー/ジム・パーソンズ
GMHCのメンバーの一人で、みな激しくぶつかり合う中、一人冷静で優しい性格の男がトミーです。密かにネッドのことが好きなのではないか、と思わせるそぶりもあります。
トミー役のジム・パーソンズは、大ヒットテレビドラマ『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』のシェルドン役で大ブレイクを果たした俳優です。Netflixドラマ『ハリウッド』や『ボーイズ・オン・ザ・バンド』など、ライアン・マーフィー作品に連続して出演しています。
2011年の舞台版『ノーマル・ハート』でも同じ役を熱演。また私生活では、アートディレクターのトッド・スパイワックと、2017年に同性婚を挙げています。
⑦ミッキー/ジョー・マンテロ
GMHCのメンバーの一人で、分別のある落ち着いた男がミッキーです。しかし、追い詰められてついに爆発する場面もあります。
ジョー・マンテロは俳優と監督、二つの顔を合わせ持つブロードウェイを代表する才能です。監督作にはミュージカル『ウィケッド』や『テイク・ミー・アウト』、Netflix映画『ボーイズ・オン・ザ・バンド』など。俳優としては舞台『エンジェルス・イン・アメリカ』やNetflixドラマ『ハリウッド』、『アメリカン・ホラー・ストーリー:NYC』などがあります。
舞台版『ノーマル・ハート』ではミッキーではなくネッドを演じました。オープンリー・ゲイであり、マンハッタンでオーダーメイドのアパレル会社を経営しているのポール・マーロウと交際中です。
⑧クレイグ/ジョナサン・グロフ
劇中、最初のAIDS犠牲者となるのがクレイグです。ブルースの恋人であり、ネッドの友人でもあります。
演じたジョナサン・グロフは、若手ながらも舞台、映画、テレビで多数の出演作がある実力派俳優です。『glee/グリー』やゲイドラマ『ルッキング』、また映画『アナと雪の女王』のクリストフの声優として、日本でも人気があります。
オープンリー・ゲイであり、俳優のザカリー・クイントと一時交際していたこともあります。
⑨アルバート/フィン・ウィットロック
クレイグを亡くしたブルースが次に恋に落ちるのがファッションモデルのアルバートです。AIDSを発症していますが、必死にそれを隠して仕事をしています。
フィン・ウィットロックは、本作のアルバート役が高い評価を受け、『アメリカン・ホラー・ストーリー』の数シーズンや『ラチェッド』など、ライアン・マーフィーの作品に連続してキャスティングされています。
実生活では、マーク・ラファロ同様にゲイではなく、既婚者で子どももいます。
監督・プロデューサー
本作のエグゼクティブ・プロデューサーには、ブラッド・ピット、ネッドを演じたマーク・ラファロも名を連ねています。
監督を務めたライアン・マーフィーについては、下記の記事に詳しくまとめてあります。
原作者ラリー・クレイマーと実話、実在人物のその後
原作となっている戯曲は、ラリー・クレイマーの半自叙伝。つまり、主人公ネッドのモデルはラリー・クレイマー自身です。
劇中ネッドは、ニューヨーク市長を糾弾しますが、実際、ラリー・クレイマーは、当時のエド・コッチ市長を激しく批判していました。また、兄のベンは、実兄のアーサー・クレイマーがモデルです。
ブルースはGMHCの初代会長ポール・ポファム、トミーは同組織のロジャー・マクファーレンがモデルです。映画で描かれたとおり、ポール・ポファムは、1987年5月7日、AIDSにより45歳で死去。ロジャー・マクファーレンは、2009年5月15日、54歳のときに自死しています。
エマのモデルは、リンダ・ローベンシュタイン医師。1992年8月15日、心臓発作により45歳で急死しました。
フェリックスは、ニューヨークタイムズ紙スタイル担当記者だったジョン・デュカがモデルだと言われています。ジョン・デュカは、1989年にAIDSにより死去していますが、ラリー・クレイマーとは、映画で描かれたようなロマンチックな恋愛関係ではなかったようです。
ちなみに、ラリー・クレイマーは2020年5月27日に84歳で他界。『ボーイズ・イン・ザ・バンド』の原作者マート・クロウリーも、2020年3月7日、84歳で他界しており、その点でも両作品は奇妙に一致しています。
映画『ノーマル・ハート』の配信は?
長らく日本では観ることのできなかった映画『ノーマル・ハート』は、2024年2月現在、Amazonプライムビデオで有料配信されています!
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